喫茶店オルクスには鬼が潜む

奏多

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きっかけの雨は降り続く

変化は喫茶店へ行く時に

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 翌日、私はまたしても『喫茶店オルクス』へ行くために、地下鉄に乗った。
 今日は土曜だけど、アルバイトに行く約束をしていたからだ。
 記石さんに「出かける用事があるので、早めに来ておいてほしい」と言われたので、お昼前に家を出発する。

 記石さんは私がバイトに入るようになってから、ちょくちょく外出するようになっていた。
 いつもは開店時間をずらして、午前中に用事を済ませていたらしい。

 ただ、バイトの私がいても同じく店は閉じたままだ。
 なにせ私、コーヒーを上手く入れられるようにもなっていないし、お会計とかそういうことも含めて留守番中のことをきちんとできるわけでは無いので。
 ただ、宅配便なんかが来たら、受け取っておいてくれるだけでもありがたいのだとか。

 頼ってもらえるのは嬉しいので、駅に着いた後、私ははりきって地下鉄からの道を歩き始めようとしたのだけど。

「…………?」

 なんだか落ち着かない気持ちになる。
 周囲を見るけれど、誰かが私の方を見ているわけじゃ無い。
 人はまばらだ。土曜日に、繁華街からはちょっと離れたこの駅で乗り降りするのは、近くに家があったりする人だろう。 

「気のせいかな……」

 最近色々とあったから、過敏になっているのかもしれない、と思った。
 今は平常に戻ったのだから……と考えたけど、違った。
 平常っていうより、ちょっと違う生活が始まった、かもしれない。
 なにせ今だに鬼に関わり続けているし、これはあまり平常とは言えないんじゃないだろうかと思う。
 その鬼である柾人さんが、人の姿だろうと他の動物の姿だろうと、ふいに現れては消えるものの、なんだか人懐こいような態度をとるので、怖さが薄れているんだと思う。

 そんなことを考えて歩いている間も、なんだかそわそわとする。
 地下鉄を出てからも、やっぱり変な感じが舌。
 なるべく周囲を見回しているのがわからないよう、近くのコンビニが気になったように首をめぐらせる。
 その状態で限界まで目を端に動かしてみたけれど、やっぱり誰も見えない。

「なんだろう。私がおかしいのかな……」

 体調でも悪いのかもしれない。でも熱もないのに……と思いながら歩く。
 そうして喫茶店に到着して、既に開いている裏口から入る。

「おはようございます」

 声をかけると、店の方にいたらしい記石さんが顔を出す。

「おはよう美月さ……」 

 そこで言葉を止めた記石さんは、ふっと笑う。

「裏口の鍵をかけて下さい」

「え、はい」

 言う通りにするけれど、記石さん、今日はすぐにお出かけするんじゃなかったのかな。
 いつもは表の出入り口を閉じたままにして、裏口から出かけるのに。また開けるのは二度手間のような気がしたんだけど。

 すると記石さんが、私を手招きしてお店の方へ連れて行く。
 店は開店していないことがわかるように、窓はブラインドで全面を隠しているし、扉の方も、中が見えないように小窓のブラインドを下ろしている。

「ここから見てごらん」

 ブラインドの横から外が見える位置に、記石さんが私を誘導する。
 外に一体何があるっていうんだろうか。首を傾げながら外を見た私は、最初はその人のことがよくわからなかった。

 ただ、どこかで見たことがあるような髪留めが、ふと目についた。
 それ単体だと、わからなかったかもしれない。
 一緒に髪を留めていた金のピン。その留め方が、ものすごく見たことがあった。

「まさか……」

 あれ、沙也の真似をしていた三谷さんじゃない? 
 あまり派手だと学校に身に着けていけないけれど、金のピンだけならうるさくは言われない。黒なら派手じゃないビーズの髪飾りも、先生は黙認してくれる。

 その髪飾りはショッピングモールで売られていたもので、沙也がとても気に入っていたことを覚えてる。それだけだとあまりに地味だからと、沙也は金のピンも使っていた。
 だから髪飾りだけなら、同じお店にあったものだろうって考えたと思う。だけど金のピンの使い方も、髪型も本当にそっくりなのだ……以前それを身に着けていた沙也のものと。

 三谷さんは何かを探すように、あたりを見回しているんだけど……。
 と思っていたら、記石さんが言う。

「本当にあなたは、いい餌を釣り上げてくる人ですね」

「釣るってどういうことです?」

 別に釣った覚えは無いんだけど、どういうことですか。

「引き寄せてしまうんでしょうかね。満たされない人を」

「満たされない……?」

「美月さんがこの喫茶店に来るきっかけになった女性。彼女も現実が満たされなかったせいで、足を踏み外したようなものではありませんか」

 そう言って記石さんが微笑む。
 確かにそう言われると……。

「なんにせよ、彼女は執着先に関して、あなたを追ってきたようですね」 

「私をですか?」

 私が自分を指さすと、記石さんはにっこりと微笑んだ。
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