35 / 43
第一部 ガーランド転生騒動
閑話:エド・フェリット
しおりを挟む
心の中が重かった。
殿下の指示に従って、笹原なる女生徒を送ろうと歩き始めても、あの方は自分に視線を向けていないことがはっきりと感じ取れるからだ。
「これはやはり……私は師匠に失望されたのではないのか?」
殿下が呼んで下さった車に笹原を乗せ、隣に座ったとたんにうなだれそうになりながら呟く。
どう考えても、先ほどの件が原因としか思えないのだ。
ガーランドのキースが、師匠に不埒な真似をしようとしていたのを、もっと早く助けられなかったからだ、としか。
そもそもの発端は、笹原柚希がつきまとわれているため、相手を遠ざけようと師匠が行動したことだった。
私は同じ学舎に通う仲間を助けようという、師匠の崇高なお考えに共感し、それとともに師匠のお役に立つことで、少しでも私が師事することをお認め頂こうと思った。
実際、笹原なる女子を連れ出したりすることで、師匠には私の努力を認めてもらうことができた。
……同じ世界出身の、騎士経験がある相手ならば、力ずくで叩きのめすという手もあったのだが。そこは異世界での基範に従うべく、師匠の望む穏便な方法をも受け入れた。
おかげで私は、女性生徒達と交流するという修行までつけてもらえたのだ。
これによって、女性への対応を学ぶことで、殿下の花嫁候補を探す際にも、怯えさせず怖がらせない対応を学べると言われれば、私に否はなかった。
実に。実に苦しい修行ではあったが。
なにせ女性とは高齢の方や、ごく落ち着いた方としか交流が無く、同じ年頃の人間と会うのは儀礼的な受け答えだけで済む場所だけだったのだから。
やり遂げた後には、師匠がねぎらってくれた上に、さらなる交流の斡旋をお約束してくださった。
そんな風に、師匠に指導されていたから……だから、私は間違ってしまったのだ。
失敗してもめげずに立ち向かい続ける師匠を、同僚のように認識するどころか、知識が豊富な賢者のようでありながら、強い心を持った……人なのだと。
あの人は、私の前に立ちはだかる壁。剣の師と同じと思っていたために、いつしか男性と同じと考えていたらしい。
実際には、腕をつかまれてしまえば何の抵抗もできない、か弱い人だったのに。
「あの……エドさん、大丈夫ですよ。沙桐さんはそんなことじゃ失望とかそういうことしませんよ」
落ち込んでいると、なぜか隣に座った笹原柚希がそう声を掛けてくる。
おかげで私はさらに落ち込みそうになった。護衛対象にはげまされるなど、今までになかったことだ。情けない。
「沙桐さんは優しい方です。ただ男の人にああいうことされて、驚いていつもの調子ではないだけじゃないでしょうか。それを自分の中で消化しきるまで、ちょっと他の人に対応することができないだけで」
「しかし師匠をお救いできなかった。何より私は……師匠なら、キースを倒せるものだと」
あの交流会にいたかしましい女子達よりも、最近接することが多かったので慣れたのか、静かな語り口の笹原に、私は思わず心情をこぼしてしまう。
「えっ!? まさかそんな。エドさん、沙桐さんは異世界の女性じゃないんですよ。あちらの世界なら、時々騎士の素質がある女性とか異能の方がいますけれど」
「分かっている……しかしどうしたらいいものか」
「どう、とは?」
「師匠に気力を回復してもらう方法が思いつかない」
お元気になって頂きたい。そうでなければ、どう対応したらいいものかも分からぬ。
「大丈夫ですよ。交流会でもちゃんとできたじゃないですか」
「それは師匠を女性として遇せよということか?」
「いえ、沙桐さんは最初から女の子ですし……」
笹原の笑みが、どことなく頬がひきつっているように見えたが、なぜかはわからない。
「優しく対応して、細やかな気遣いをしてあげるだけでも、エドさんが元気になってほしいと思っていることは届くと思うんです」
◇◇◇
「女性として、か」
笹原を殿下に命じられた通り家に送り届けた後、一人呟く。
そうするべきなのだろうし、男性から被害を受けた女性への対応というのも教えられたことはある。実践する機会はついぞなかったが。
しかしそれは全て、故郷の貴族の女性達への対応だ。
師と仰いでいる自分が強いと認めた相手に対して、同じやり方をするのは何か抵抗を感じる。
師ならば、何事もなかったように自分で立ち上がるのではないか、とか。
分からないからこそささやかな希望を胸に、殿下達の元へ戻った。
公園の近くにある閑散とした道の脇に車を待機させ、主の元へと急ぐ。
そして入口を通り、見つけた二人の姿に、思わず立ち止まった。
「……殿下?」
今まで想像もしたことのなかった光景が、そこにはあった。
公園の街灯の下で、二人は寄り添うように座っていた。
師匠は殿下の肩に頬を寄せ、その泣き顔を隠すように触れている殿下の手は、羽を揺らがまいとするかのように優しく師匠の頭を撫でていた。
それでも二人の間には拳一つ分ほどの距離があって、けれどその隙間でしっかりとお互いに握った手は、師匠のすがりたい気持ちと支えたい殿下の気持ちが伝わるような気がした。
あれほど、鈍感だと言われ続けた私にも、二人の間に何らかの感情のやりとりがあっただろうことが感じ取れる、そんな姿だ。
肩にもたれて泣く師匠は、隣に比較となる殿下がいるせいか怖ろしくか弱そうで、細い肩や低い背丈を今まで自分はどうしてあんなに大きく感じたのかと思うほどだ。
殿下はそれを最初から認識していらしたのだ。だから今こうして、傷ついた師匠の最も近くにいることができている。
しかし私はそれに、気づこうともしなかった。
その事実が、針でつついたような痛みを心にもたらす。
ずっと殿下よりも側にいたのは、自分だった。自分が関わらなければ、殿下は師匠とは学内で時折話す程度の関係で終わったのに。
追いかけて追いかけて、ようやくその袖を掴むことを許された自分なんかよりも、どうして殿下の方が深く師匠のことを理解できるのかと言いたい気持ちが湧き上がる。
(これはあれだ。殿下に師をとられてしまったような、そんな気持ちだろうか)
小さな頃に、自分よりも他の子供の方が剣の筋がいいと誉められた時のようなものではないか、と推測する。
(では私は、師匠に誉められたかったのか?)
助けてくれて有り難う。本当にエドはよくやったと。
けれど、同じようなことは先ほども言われたはずだ。その時自分は――。
(あんな顔で言われても、嬉しくなかった)
傷の痛みに耐えることだけで必死で、けれど仲間を気遣うようなあの表情。
ならばどうしてほしかったのだろう。
それを思うと、エドは心の中が迷子になったような気持ちになる。妙に不安になって、エドはその考え方を頭から追い出す。私にはもっと他に考えることがあるはずだ。
「そう、殿下だ」
あの殿下が、女性とあんな風に接触しているではないか!
そもそもは、故郷において複雑な立ち位置の殿下だ。国内の姫君を選ぶには、貴族の派閥が関わる様々な問題があり、外交的にも他国の姫が最適だろうと言われていたため、今まで許嫁すら持たれることはなかった。
しかし何かと私を庇って下さる殿下には、幸せな結婚をしてもらいたい。
そのためにも、留学中に気持ちの優しい女性を捜すよう侍従長などから依頼を受けていたのだ。そして私は、留学中に交流ができる姫君の中から、心優しく殿下を支えてくださるような方を探し、縁付けようと努力していた。
しかしそれだけではいけない。アンドリュー殿下にも女性に好みがあると教えて下さったのは師匠。その師匠が言っていたのではないか。側によりそっても嫌がらないのならば、少なからず好意がある証拠だと。
「…………」
なんだろう。師匠を取られるような感じがして、どうもそれを認めたくない。
私は考える。抵抗感があるのは、師匠が故郷のある世界の姫君ではないからだろうか。外交で有利に運べる相手ではないから、たとえ殿下の好みに合致していようと、国の臣下達や陛下にも反対されるのではないかという危惧があるからか?
考え込んでしまうが、知識が乏しくて答えが見つからない。
そうしている間に、殿下の方がこちらに気づいたようだ。
「エド。お帰り」
アンドリュー殿下は柔らかな笑みとともに、私をねぎらってくれた。
一方の師匠は慌てて飛び起きて、こちらを丸く見開いた目で見てくる。
新入りの騎士がイタズラがばれた時の反応に似ている。けれど自分に対して後ろ暗いところがあるような慌てぶりが少し気に入らない。
顔を逸らしてしまうのも、面白くなかった。
それでも、他の対応は今まで通りだ。別に師匠が私を嫌っているわけでは……ないと思うのだが。
アンドリュー殿下は、そんな師匠を自分達と一緒に車に乗せ、いつかのように送り届けていた。
「明日、大丈夫?」
尋ねる殿下に、師匠がはにかむような笑顔で応えていた。
「うん。ちゃんと行くよ」
それを聞いて、アンドリュー殿下は帰途につかれた。
後は帰るだけだ。
ほっとするような気持ちでいた私に、更なる爆弾を抱えさせたのは殿下だった。
「エド。明日から君は沙桐さんから離れないように、警護を頼むよ。沙桐さんの登下校もね。僕の方は車で移動するわけだし、放っておいてくれて大丈夫だ」
「しかし殿下、私は殿下の護衛役でもあり……」
今までも、どんなに師匠に付き従っていても、登下校の護衛だけは任務として遂行していた。一カ所から動かないような場合なら、命じられれば離れることもあったが。
「必要はないだろう? エドがいなくても、僕は充分安全を確保できるよ。それでも不安なら、メリーアンを連れて行く」
メリーアン。この留学に付き添ってきた女官だ。殿下の乳母でもある彼女は、そのために護身術も身に付けている。
殿下のことは母代わりの自分が身を盾にしても守るという決意を持つ、信頼できる女性ではある。
けれど、と言いそうになったエドは、口をつぐむ。
反論する必要はないな、と思ったからだ。
師匠の中で欠けてしまっただろう自分への信頼を取り戻すには、お守りするという任務は実に相応しい。
ただ一つ、困ったことがあった。
(はたして師匠は、女性として扱うべきか、それとも男性貴族と同様の扱いをするべきか……)
警護の仕方は、その二つでいくらか異なる。だから確認しようと思ったのだが、なぜか殿下に尋ねることはできなかったのだった。
殿下の指示に従って、笹原なる女生徒を送ろうと歩き始めても、あの方は自分に視線を向けていないことがはっきりと感じ取れるからだ。
「これはやはり……私は師匠に失望されたのではないのか?」
殿下が呼んで下さった車に笹原を乗せ、隣に座ったとたんにうなだれそうになりながら呟く。
どう考えても、先ほどの件が原因としか思えないのだ。
ガーランドのキースが、師匠に不埒な真似をしようとしていたのを、もっと早く助けられなかったからだ、としか。
そもそもの発端は、笹原柚希がつきまとわれているため、相手を遠ざけようと師匠が行動したことだった。
私は同じ学舎に通う仲間を助けようという、師匠の崇高なお考えに共感し、それとともに師匠のお役に立つことで、少しでも私が師事することをお認め頂こうと思った。
実際、笹原なる女子を連れ出したりすることで、師匠には私の努力を認めてもらうことができた。
……同じ世界出身の、騎士経験がある相手ならば、力ずくで叩きのめすという手もあったのだが。そこは異世界での基範に従うべく、師匠の望む穏便な方法をも受け入れた。
おかげで私は、女性生徒達と交流するという修行までつけてもらえたのだ。
これによって、女性への対応を学ぶことで、殿下の花嫁候補を探す際にも、怯えさせず怖がらせない対応を学べると言われれば、私に否はなかった。
実に。実に苦しい修行ではあったが。
なにせ女性とは高齢の方や、ごく落ち着いた方としか交流が無く、同じ年頃の人間と会うのは儀礼的な受け答えだけで済む場所だけだったのだから。
やり遂げた後には、師匠がねぎらってくれた上に、さらなる交流の斡旋をお約束してくださった。
そんな風に、師匠に指導されていたから……だから、私は間違ってしまったのだ。
失敗してもめげずに立ち向かい続ける師匠を、同僚のように認識するどころか、知識が豊富な賢者のようでありながら、強い心を持った……人なのだと。
あの人は、私の前に立ちはだかる壁。剣の師と同じと思っていたために、いつしか男性と同じと考えていたらしい。
実際には、腕をつかまれてしまえば何の抵抗もできない、か弱い人だったのに。
「あの……エドさん、大丈夫ですよ。沙桐さんはそんなことじゃ失望とかそういうことしませんよ」
落ち込んでいると、なぜか隣に座った笹原柚希がそう声を掛けてくる。
おかげで私はさらに落ち込みそうになった。護衛対象にはげまされるなど、今までになかったことだ。情けない。
「沙桐さんは優しい方です。ただ男の人にああいうことされて、驚いていつもの調子ではないだけじゃないでしょうか。それを自分の中で消化しきるまで、ちょっと他の人に対応することができないだけで」
「しかし師匠をお救いできなかった。何より私は……師匠なら、キースを倒せるものだと」
あの交流会にいたかしましい女子達よりも、最近接することが多かったので慣れたのか、静かな語り口の笹原に、私は思わず心情をこぼしてしまう。
「えっ!? まさかそんな。エドさん、沙桐さんは異世界の女性じゃないんですよ。あちらの世界なら、時々騎士の素質がある女性とか異能の方がいますけれど」
「分かっている……しかしどうしたらいいものか」
「どう、とは?」
「師匠に気力を回復してもらう方法が思いつかない」
お元気になって頂きたい。そうでなければ、どう対応したらいいものかも分からぬ。
「大丈夫ですよ。交流会でもちゃんとできたじゃないですか」
「それは師匠を女性として遇せよということか?」
「いえ、沙桐さんは最初から女の子ですし……」
笹原の笑みが、どことなく頬がひきつっているように見えたが、なぜかはわからない。
「優しく対応して、細やかな気遣いをしてあげるだけでも、エドさんが元気になってほしいと思っていることは届くと思うんです」
◇◇◇
「女性として、か」
笹原を殿下に命じられた通り家に送り届けた後、一人呟く。
そうするべきなのだろうし、男性から被害を受けた女性への対応というのも教えられたことはある。実践する機会はついぞなかったが。
しかしそれは全て、故郷の貴族の女性達への対応だ。
師と仰いでいる自分が強いと認めた相手に対して、同じやり方をするのは何か抵抗を感じる。
師ならば、何事もなかったように自分で立ち上がるのではないか、とか。
分からないからこそささやかな希望を胸に、殿下達の元へ戻った。
公園の近くにある閑散とした道の脇に車を待機させ、主の元へと急ぐ。
そして入口を通り、見つけた二人の姿に、思わず立ち止まった。
「……殿下?」
今まで想像もしたことのなかった光景が、そこにはあった。
公園の街灯の下で、二人は寄り添うように座っていた。
師匠は殿下の肩に頬を寄せ、その泣き顔を隠すように触れている殿下の手は、羽を揺らがまいとするかのように優しく師匠の頭を撫でていた。
それでも二人の間には拳一つ分ほどの距離があって、けれどその隙間でしっかりとお互いに握った手は、師匠のすがりたい気持ちと支えたい殿下の気持ちが伝わるような気がした。
あれほど、鈍感だと言われ続けた私にも、二人の間に何らかの感情のやりとりがあっただろうことが感じ取れる、そんな姿だ。
肩にもたれて泣く師匠は、隣に比較となる殿下がいるせいか怖ろしくか弱そうで、細い肩や低い背丈を今まで自分はどうしてあんなに大きく感じたのかと思うほどだ。
殿下はそれを最初から認識していらしたのだ。だから今こうして、傷ついた師匠の最も近くにいることができている。
しかし私はそれに、気づこうともしなかった。
その事実が、針でつついたような痛みを心にもたらす。
ずっと殿下よりも側にいたのは、自分だった。自分が関わらなければ、殿下は師匠とは学内で時折話す程度の関係で終わったのに。
追いかけて追いかけて、ようやくその袖を掴むことを許された自分なんかよりも、どうして殿下の方が深く師匠のことを理解できるのかと言いたい気持ちが湧き上がる。
(これはあれだ。殿下に師をとられてしまったような、そんな気持ちだろうか)
小さな頃に、自分よりも他の子供の方が剣の筋がいいと誉められた時のようなものではないか、と推測する。
(では私は、師匠に誉められたかったのか?)
助けてくれて有り難う。本当にエドはよくやったと。
けれど、同じようなことは先ほども言われたはずだ。その時自分は――。
(あんな顔で言われても、嬉しくなかった)
傷の痛みに耐えることだけで必死で、けれど仲間を気遣うようなあの表情。
ならばどうしてほしかったのだろう。
それを思うと、エドは心の中が迷子になったような気持ちになる。妙に不安になって、エドはその考え方を頭から追い出す。私にはもっと他に考えることがあるはずだ。
「そう、殿下だ」
あの殿下が、女性とあんな風に接触しているではないか!
そもそもは、故郷において複雑な立ち位置の殿下だ。国内の姫君を選ぶには、貴族の派閥が関わる様々な問題があり、外交的にも他国の姫が最適だろうと言われていたため、今まで許嫁すら持たれることはなかった。
しかし何かと私を庇って下さる殿下には、幸せな結婚をしてもらいたい。
そのためにも、留学中に気持ちの優しい女性を捜すよう侍従長などから依頼を受けていたのだ。そして私は、留学中に交流ができる姫君の中から、心優しく殿下を支えてくださるような方を探し、縁付けようと努力していた。
しかしそれだけではいけない。アンドリュー殿下にも女性に好みがあると教えて下さったのは師匠。その師匠が言っていたのではないか。側によりそっても嫌がらないのならば、少なからず好意がある証拠だと。
「…………」
なんだろう。師匠を取られるような感じがして、どうもそれを認めたくない。
私は考える。抵抗感があるのは、師匠が故郷のある世界の姫君ではないからだろうか。外交で有利に運べる相手ではないから、たとえ殿下の好みに合致していようと、国の臣下達や陛下にも反対されるのではないかという危惧があるからか?
考え込んでしまうが、知識が乏しくて答えが見つからない。
そうしている間に、殿下の方がこちらに気づいたようだ。
「エド。お帰り」
アンドリュー殿下は柔らかな笑みとともに、私をねぎらってくれた。
一方の師匠は慌てて飛び起きて、こちらを丸く見開いた目で見てくる。
新入りの騎士がイタズラがばれた時の反応に似ている。けれど自分に対して後ろ暗いところがあるような慌てぶりが少し気に入らない。
顔を逸らしてしまうのも、面白くなかった。
それでも、他の対応は今まで通りだ。別に師匠が私を嫌っているわけでは……ないと思うのだが。
アンドリュー殿下は、そんな師匠を自分達と一緒に車に乗せ、いつかのように送り届けていた。
「明日、大丈夫?」
尋ねる殿下に、師匠がはにかむような笑顔で応えていた。
「うん。ちゃんと行くよ」
それを聞いて、アンドリュー殿下は帰途につかれた。
後は帰るだけだ。
ほっとするような気持ちでいた私に、更なる爆弾を抱えさせたのは殿下だった。
「エド。明日から君は沙桐さんから離れないように、警護を頼むよ。沙桐さんの登下校もね。僕の方は車で移動するわけだし、放っておいてくれて大丈夫だ」
「しかし殿下、私は殿下の護衛役でもあり……」
今までも、どんなに師匠に付き従っていても、登下校の護衛だけは任務として遂行していた。一カ所から動かないような場合なら、命じられれば離れることもあったが。
「必要はないだろう? エドがいなくても、僕は充分安全を確保できるよ。それでも不安なら、メリーアンを連れて行く」
メリーアン。この留学に付き添ってきた女官だ。殿下の乳母でもある彼女は、そのために護身術も身に付けている。
殿下のことは母代わりの自分が身を盾にしても守るという決意を持つ、信頼できる女性ではある。
けれど、と言いそうになったエドは、口をつぐむ。
反論する必要はないな、と思ったからだ。
師匠の中で欠けてしまっただろう自分への信頼を取り戻すには、お守りするという任務は実に相応しい。
ただ一つ、困ったことがあった。
(はたして師匠は、女性として扱うべきか、それとも男性貴族と同様の扱いをするべきか……)
警護の仕方は、その二つでいくらか異なる。だから確認しようと思ったのだが、なぜか殿下に尋ねることはできなかったのだった。
0
お気に入りに追加
290
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう!
そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね!
なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!?
欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!?
え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。
※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません
なろう日間週間月間1位
カクヨムブクマ14000
カクヨム週間3位
他サイトにも掲載
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる