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第一部 ガーランド転生騒動

ちょっとした危機の後で

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 ごめんなさい、ごめんなさいと、私は笹原さんに謝られ続けていた。

 「昔の兄は、間違っても嫌がる女性に無理を言うような人ではなかったのに。そうだと思って、沙桐さんのことは大丈夫だと過信してしまった私がいけないんです。せっかく私のために骨を折って下さったのに」

  場所は駅近くの公園。
  駅の沿線にある、おそらくは騒音を抑えるためなのだろう緑地に設けられた公園は、線路側は安全のために高い塀と柵が作られている。
  防音のために植えられた木もだいぶん大きく育ち、遊んでいた子供たちもいなくなったその場は、薄暗く人目にもつきにくい。
  けれどまったく誰も通りがからないわけがないと思う私は、とにかくこの『何があった?』と興味をひかれそうな平身低頭ぶりを、なんとかやめてもらおうと焦った。

  なにせベンチに座っているのは私だけだ。
  実はまだ足に力が入りにくくて立っているのは辛かったのだが、けれどこの状況は実に落ち着かない。

 「大丈夫よ笹原さん! てか、そもそも協力するとか言って、実は私も私怨まじりでやってたことでもあるし」

 「私怨……何か、されたんですか?」

  まさか他にも被害を! と泣きそうに潤んだ目を見開いた笹原さんに、私はわたわたと手を振る。

 「子供の喧嘩みたいなものなのよ。なんで邪魔するんだ―ってキースが腹いせに私のジュース盗ったから、つい食べ物の恨みで……」

  食べ物の恨みは深くて強いんです。
  そう主張すると、笹原さんもさすがにそれは理解したみたいだ。うんとうなずいてくれる。それを見て続けた。

 「だけど私、頭突きしてやったからすっきりしたし大丈夫。ちょっと頭のてっぺんが痛いけど、やり返した勲章みたいなもんだから。キースも顎真っ赤になってたし、オディール王女がそれ見たら笑うんじゃないかなー」

  そう言って笑えば、笹原さんも頬を緩めてくれた。

 「確かに、好きで結婚したいと思っていたはずの王女殿下に笑われることが、一番あの人にはショックが強いかもしれませんね」

 「元婚約者に笑われたら、しばらく立ち直れないでしょうね。それにしてもアンドリュー、ホントに有り難う。上手くオディール王女に問題投げてくれて助かったわ」

  流れでアンドリューに話を移せば、彼は困ったように微笑む。

 「本当はこちらの警察に介入させてもいいかとまで思ったんだ。もし笹原さんが現実的な罰を彼に望むなら、今からでも協力するけれど。いいのかい?」

 「留学生が警察のお世話になったら、国交問題に発展しちゃうじゃない? 原因になった私まで何日にも渡って事情聴取されたり、名誉を傷つけられたとかって逆恨みされるのも嫌だし」

  自分で言っておきながら、思わずぞっとする。
  恨まれて、キースに付け回されたりしたらと思うと不安が湧き上がるのだ。

 「それより一生監視できる人から首に鈴つけられるわけだし、オディール王女にも恩を売ることもできたし、面倒なことになるより安全だと思うよ」

 「オディール殿下に恩、ですか?」

  きょとんとする笹原さんに、そういえば言ってなかったと思って教えてあげた。きっと彼女は喜ぶと思ったので。

 「オディール王女、国で女性の地位を高めるために活動する予定なんだって」

 「へえ」

  アンドリューが思わずといったように呟く。

 「フェリシアが思い詰めたのも、ひいては女の子が男性に頼るしか生活の術がないこともあるんじゃないかとおもったらしいの。何より女王に即位しても大臣達の意見が優先される状況は好ましくない、って父親の王様も思ったみたいで。そのとっかかりに、自分のすることに賛同してくれる男性を外国からお婿に来てもらうつもりなんだって。だから……キースとの婚約は、立ち消えになって良かったって言ってたよ」

 「オディール殿下が……」

  聞いた笹原さんは、自分の事を恨むでもなく、改革のきっかけとしたオディールの話に、少しほっとした表情になった。

 「そんなオディール王女のことだもん。今回の件でがっちりとキースに貸しをつくれるから、改革のために利用できる口実ができたと思ってくれるんじゃないかな。女性の地位向上のためにキースが渋い表情でこき使われると思えば、溜飲も下がるってもんでしょ?」

  私の話に、ようやく笹原さんもうなずいてくれる。

 「じゃ、めでたく笹原さんの問題も解決ってことで、今日はもう遅いし解散にしようか」

  とは言ったものの、私は立ち上がれないのだ。
  どう誤魔化そうかと口から出まかせを言おうとしたところで、エドが私の鞄を持ち上げようとしてくる。

 「師匠、鞄をお持ちします」

  エドがそう言ったので、彼のしようとしたことはわかっている。けれどさっと近づいたそのことに、思わず肩を縮めそうになった。

 「や、しなくていいから」

  思わずエドの手から、鞄を引き離す。それと同時に、気付かれないように手のひら一つ分ほどベンチの上を移動した。
  エドはいつにない私の行動に、戸惑ったように眉をひそめた。

 「師匠、何か私に落ち度がありましたら……」

 「ないないないって。違うの、私の鞄なんか持つより、キースが気を変えたりしたら困るから、笹原さんのこと送ってあげてくれない?」

  怯えたことを知られたくなくて、思わず嘘をつく。
  だって、エドはキースみたいに力にものをいわせたりした事がない。仲良くなかった頃でさえ、一定の距離というのを置いていた。
  そんなエドが、怖がられていると知ったらどうだろう。特に師匠と言って慕ってきている今の彼ならば、とても傷つくはず。私はエドに悲しんでほしいわけじゃないのだ。

  だから遠ざけようとした。
  笹原さんを口実にするなら、特に不自然な理由ではないだろう。
  けれどエドも何かを感じたようだ。

 「師匠、まさかお助けするのが遅れたことで、呆れられたのでは……。騎士としてしょせんこの程度の力しかなかったのか、と」

 「それはさすがにない」

  騎士なんてやってる異世界人が、こちらの世界の人間からするとあり得ない身体能力を持ってるのはわかっているが、比べられるほど詳しくない。なのにどうやって『この程度か』なんて悪役じみた判定を下せるというのか。

 「そもそもエドには笹原さんを護衛するように言いつけてたでしょ。そっちを完遂するのが重要だったんだから、別に何とも思ってないわよ?」

  心の底から否定すると、さすがのエドもそれは納得できたようだ。

 「安心いたしました」

  エドの返事に、ほっとして私は座りなおす。しかしそこでアンドリューが続けて言った。

 「じゃ、エドは沙桐さんの言う通りにしてて。今車を呼んだから、駅前についてると思う。乗って笹原さんを自宅まで送り届けたら、戻ってきて。僕はここにいるから」

  私はぎょっとしてアンドリューをふり仰ぐ。一人でとりあえず落ち着こうと思ったのに、なんでアンドリューまで留まるのか。
  数歩離れた場所にいたアンドリューは、エドに話しながらすぐ傍に歩み寄ってくる。

 「お話ですか?」

 「沙桐さんと今後のことについて相談があるんだ。だからゆっくりでいいよ、エド」

 「承知仕りました」

  エドは一礼し、笹原さんを連れて駅の方へ歩いていく。
 笹原さんは「また明日!」と言い、私は笑顔を作って手を振った。

  そうして二人の姿が、公園を囲む木の向こうに消えた後、不意にアンドリューが手を差し出してきた。
  予想していなかったせいで、飛びあがりそうになる。実際には体がびくりと上下しただけだったが。
  でも、アンドリューにはそれで十分だったようだ。
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