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第一部 ガーランド転生騒動

アンドリューの噂が広まりました

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 二年三組のアンドリューが女の子と付き合いだした。
 他クラスの女子と、手を繋いで登校してきたのだから間違いない。

 その話は学年中を吹き荒れた。
 彼が異世界の王子様だったせいもあるが、あと半分は傍若無人なエドのせいだ。
 噂の最後の方は、
 ――あんな騎士がそばにいるのに、その女子は平気なのか!?
 という内容だったのだから。

「ほほほほほ、ほんとですのっ!? その方エドさんに絡まれたりしていません!?」

 このうわさを聞いて、ヴィラマインは顔を青くして笹原さんの安否を気遣ってくれたが、

「面白いことになりましたわね。……で、どういった企みなんですの?」

 初っぱなから私が計画した事だと決めつけたのは、リーケ皇女だ。その後ろにはエンマ姫と、彼女にひっぱられてきたらしいユリア嬢とソフィー嬢までいた。

 やぁ華やかだな。きれいどころに囲まれて私は幸せだ。
 ほらクラスの男子達も、お姫様達が集結しているのを見て嬉しそうに口元がゆるんでいる。ふふふうらやましかろう。
 ちょっと現実逃避しかけた私を、リーケ皇女が現実に引き戻した。

「はい」

 手を差し出され、私はぽんと紙袋で包装したブツを載せた。
 中身は件の品。
 なぜか戦術シミュレーションという色気のないゲームをしていた彼女のため、秘蔵のゲームを貸すことにしたのだ。
 まごうかたなき女の子向けの乙女ゲームである。

 実は、今流行のネタは『現実にありそうでない』異世界の王子様たちとの恋愛だ。けれどリーケ皇女には面白くないだろうと、流行を外したオーソドックスでファンタジーの関係ない学園物を用意した。
 これが秘蔵の品である理由は、ゲームしてると「ああ、異世界なんて関係ない世界こそが、自分の生きる場所なんだな」と戒められるからである。
 なので発売して一年たつが、三ヶ月に一度くらいの頻度で、このゲームにはお世話になっていた。

 リーケ皇女は「楽しみですわ」と少し頬を上気させている。しかし次の瞬間には、口元をにやりと笑みの形に変えて迫ってきた。

「さ、どんなことを企んでいらっしゃるのかそろそろ教えて下さらない? 沙桐さん」

「なななな、なーんにもですよリーケ様。うふふふ。あれは年頃の男女であれば自然ななりゆきでして。アンドリューが穏やかで優しい女の子に出会って、彼女もアンドリューのことが好きになって、おつきあいいたしましょうと言った結果でありまして……」

「その口調、うさんくさいわね……」

 エンマ姫がずばり切り込んでくる。

「特に誰かを気にした様子もなかったアンドリュー殿下が、唐突におつきあいを始めたのですもの。疑って当然じゃない?」

「そんなこと言われても、男女の間のことなんて、一目惚れとかいろいろあるわけで。私にはさっぱり」

 なんとか逃げを打とうとするが、エンマ姫は逃してくれない。

「アンドリュー殿下がおつきあいしている方、沙桐さんが最近随分と親しくしていたようですわね? なんでも騎士エドまで使って連れ出したりしていたと聞きましたわ」

「え、そうなんですか?」

 事情をよく飲み込めてなかったソフィー嬢が驚き、ユリア嬢が目をきらきらさせた。

「まさかまさかっ、思い悩む彼女を見てアンドリュー殿下が物憂い表情にひかれたとか!? かわいそうな彼女に最初は同情を感じていたけれど、会う度にひかれていく気持ちが芽生えたとかっ!」

「そんな恋愛をするようには見えないでしょ。アンドリュー殿下の異性に興味がなさそうな草食系を装った感じからして、か弱い女の子が好みなら、邪魔な男を陥れてからじっくり落とす手で来ると思うわ」

 エンマ姫がユリア嬢の妄想を一刀両断した。そして私はちょい気の毒になる。
 その評価では、あんまりにもアンドリューがかわいそうだよ。乙女みたいな恋に憧れてたらどうするんだい。

 とはいえ、どう考えたってこんな教室の中で、あれこれと話せるわけもない。問題が片付いた後にだったら、お茶会で協力してくれたみんなには少しアレンジしてあたりさわりなくした形で、事情を説明しようとおもっていたのだが。

「勘弁して下さいよぉ~。人の恋愛に頭つっこみすぎると、馬に蹴られるんですよー」

 あくまで自分は交際動機を作り出していないと主張してみる。
 するとソフィー様が賛同してくれた。

「そうよね……人の恋愛ごとですもの、そっとしておく方が……」

「確かにそうですわね。たとえ沙桐さんが計画したものでも、アンドリュー殿下だって嫌でしたらそんな真似などなさらないでしょうし」

 ……ヴィラマインさん。さりげに私が計画したって疑ってないんですね。
 そこからどんどんお姫様達の会話の方向性がずれていく。

「そもそもアンドリュー殿下の好みってどんな方?」

「お国でも大人しくしていらっしゃるみたいで、あまりお噂を聞かないのですわ。ただお若いのに国の防衛に関してはとても強い決定権をお持ちだとか」

「私もそう聞いたわ。騎士エドもあのような人ですけれど、能力が高いようですし、そんな騎士が側に居るのも殿下のお力ゆえのことのようですし」

 どうやらお姫様たちは、エドが能力だけはあるということを知っているらしい。

「では、国防に関連した貴族の家から娶られる可能性もありますわね」

「異世界で選ぶなら、物事に動じない方ではないと難しそうですわね。あまりたおやかすぎても、大規模な討伐の際は殿下も出られるでしょうし、生きたここちがなさらないのでは?」

「どうせなら剣道などたしなんでいらっしゃる方が……」

「そもそも魔物の矢面に立つわけではないのだから、武は必要ないでしょう?」

「では王宮でサロン運営ができる能力が優先?」

「社交力はあった方がいいでしょうけれど、無くても殿下がどうにかなさるでしょう?」

 人の好みを推測するのが楽しくなってきたのか、お姫様達の議論は収まる様子がない。
 しかしそのおしゃべりは、次の授業を知らせるチャイムの音で制止させられた。

「ではまたごきげんよう沙桐さん」

 口々にそう言って、大人しく教室から立ち去るお姫様達。
 それを残念そうに見送るクラスの男子達。
 ほっとしながら彼女達の背に手を振った私は、入れ替わりに教室に戻ってきたアンドリューの姿をみてはっとする。

 みんななぜ本人に尋ねなかったのだろう。
 疑問を口にするとヴィラマインが答えてくれた。

「沙桐さんはアンドリュー殿下といつも一緒にいるんですもの。きっと沙桐さんに聞けばすぐに教えてもらえると思ったんですわ」

「そんなにしょっちゅう……一緒か」

 特に最近は、エドが私の後ろを歩いているので、エドを探してアンドリューも自然と私の所にやってきて、そのまま一緒にいるのだ。

「それに好きなんですかって直接聞くのもはしたない感じですし、策謀ですかと聞くのはもっと問題がありますでしょう?」

 ヴィラマインに言われて深く納得する。
 他人とつきあってるのを『何かたくらんでるの』とか、確かに聞けない。そして私が計画立案者だとすれば、私に尋ねる方が気安くて角が立たない。
 そもそも私は『何をたくらんでいるの』と聞きやすい相手だからだ。

 理由は理解できたが、なんだか疲れてしまったのだった。
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