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第一部 ガーランド転生騒動

オディール王女の事情2

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 川に落ちてオディール王女が助かった後のこと。
 唯一の王位継承者であるオディール王女を危険にさらしかけたキースの家は、存続の危機にあった。

 けれどオディール王女が女王として立つためには、後ろめたさを持たせて、決してオディールに逆らわない臣下がいてもいいと考えたようだ。そのため、彼女が事故に巻き込まれたことは伏せられ、フェリシアは一人で自殺したことになった。
 しかしキースは秘密裏に婚約者候補から外された。
 オディール王女もそれには同意した。

「フェリシアさんの言葉を聞いて……私は、別な願いを持ってしまったのです」

「願い?」

 オディール王女がうなずく。

「あの国では、小さい頃から『女の子の幸せは、立派な男性と結婚して彼に従って生きること』と言われます。私もそういうものだと思って生きてきました。けど、女王という立場が持ち上がってから、違和感はあったのです」

 不快感を思い出したように、オディール王女は眉間にしわをよせる。

「王であっても何もせず、緊急時だけは代理となって玉璽を押すけれど……素晴らしい思い付きがあっても、臣下を立てるためには口を閉ざすようにと、政治の先生にも教えられるのです」

 国民を守るよりも、出過ぎないことが重要。せいぜい女王が率先してできるのは、貧しい子供や女性達の慰問ぐらい。
 そう言って彼女は苦く笑う。

「でも王女として慰問を行えば行うほど、何もしてはいけない自分が嫌になって。その時にあの事件でフェリシアさんの気持ちを聞いて……私は傷ついた彼女を自分こそが守りたい、と思ったんです」

 自分を守ってくれる凛々しい騎士が欲しいのではない。オディール自身がなりたいのだという願いを自覚したのだ。

(それで、想像と印象が違ったんだ……)

 ようやく私は察した。
 お淑やかで逆らわない女性が好きなはずだったキースの恋の相手ならば、オディール王女のような人ではないのに、と思った原因が。
 彼女には慣習を変えてでもやり遂げたい理想があるのだ。それを自覚したからこそ、オディール王女は変わってしまったのだろう。

 そして私は、オディール王女がどう思っているのか、を想像しきれていなかったことに気付いた。
 彼女はフェリシアと川に落ちて怖いとか、嫌だったとか、そんな気持ちを感じただけで立ち止まるような人ではなかった。真実、王族の責任というものを背負う気持ちがある人だったのだろう。
 それが自分の統治する国民の一人であるフェリシアの行動によって開花してしまったのだ。

(でもそうしたら、今の王女様ってキースの理想と違ってるんじゃない?)

 はたしてキースは今のオディール王女に、まだ恋心を持っているのだろうか。
 好みじゃないとしたら、いまだに妹のフェリシアに恨みを持っているから、似た相手を探しているとは思いにくい。
 それとも、やり場のない気持ちを亡きフェリシアにぶつけることで、八つ当たりしているのか。

 首をひねりながらも、オディール王女の話の続きを聞く。

「折よく、父上も他国の女王陛下と会う機会があって、女王自身が権力をふるうという体制に気持ちが傾いたようなのです。
 ガーランドでは、女王が摂政である夫に離宮へ幽閉される可能性もありますし、愛人を作られても非難できない国です。幸いなことに私のことを可愛がってくれている父上は、このまま私が女王になった後のことを危惧して、あまりに女性の立場が弱すぎる現状を憂えるようになっていました」

 そこでオディールの父は、他国から婿を迎えることを検討し始めた。それならば他国人の夫を摂政とするよりも、女王が親政をする方が良いという意見を引き出しやすいと考えたようだ。
 その準備の間、オディールを異世界へ留学させることにしたのだという。

 そこにキースが加わったのは、王の要請にうなずかざるを得ない立場の彼にも、新しい女王を国王と同様に敬う素地を作るためだ。
 キースの父親は、家が傾くことにもなりかねなかったのに、表沙汰にしなかったことだけで感謝し、全て受け入れたらしいが、キースはそうではなかった。

「私が、フェリシアに殺されかけたから……キースは自分が嫌われたのだと思い込んでいるのです。だから婚約も破棄されたのだ、と」

 キースは何度もオディールに許してほしいと言いに来たそうだ。けれどこれは父王とオディールが合意した結果だ。

 はねのけられた後、一時キースは引きこもったという。
 風のうわさでは、フェリシアの墓を暴いたとかいうものまで漂って来た。なのでオディールの親政を円滑に進める防波堤としたい彼に悪い評判が立ってはと、異世界への手続きに同行させて国から離すことにしたようだ。

「今はもう、彼も婚約については何も言わなくなりました。留学してからは、本当に臣下らしい対応をとっていて、私には特に問題を起こしていないのですけれど……」

 一連の話を聞いて、私は思わず眉間に力が入ってしまう。

「墓を、暴く……?」

 あのフルーツ牛乳強盗に似合わない所業だ。そうまで妹を憎んでいたのか、執着していたのか。

「あの、キースさんは……妹に、以前は愛情を持っていたのでしょうか」

 私の問いに、オディール王女は答えてくれる。

「彼が夫候補となる前、何度か妹のことは話していましたわ。私に許してくれと言いに来た時も、どうして妹は、自分の気持ちをわかってくれなかったのか、という言葉は聞きましたが……」

「……執着、なのかな」

 小さくつぶやいてしまう。
 何か考えがあってのことではないかと疑いつつ、その理由が一番強いだろうと私も結論づけた。

 だが、それにしてはなんだかよくわからない行動をとっているようにも思うのだ。なぜフェリシアとは外見が似ても似つかないだろう笹原さんをターゲットにしたのだろうか。性格もよく知らないはずだったというのに。

 わからないが、もうだいぶん長い時間話してしまった。
 それにフェリシアの死後の話が聞けたのは良かった。キースが錯乱したのは間違いないのだろうし、執着であることは確実になったのだから、方針的は立てやすい。

「今日はお時間を取ってくださってありがとうございます、オディール王女。あと、変に印象付けてしまうのが怖いので、今日お話したことや私の友達のことなど、できればキースさんには内緒に……」

 最後に口止めをしなければと頭を下げると、オディール王女が苦笑いした。

「私も、水面下の内情をお話ししましたもの。キースにもまだそれを知らせるのは避けたいのです。どうぞお互い、内密、ということにしてくださいませね」

 オディール王女の申し出に、私は「もちろんですとも!」とうなずいたのだった。
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