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第一部 ガーランド転生騒動
お茶会にオディール様を呼んでみた
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オディール・エルシア・ジャンシェール・ディ・ガーランド。
それが彼女の名前だ。
聞いていた通り、美しい黒髪は高く結い上げられてから背に流されている。湖水のように澄んだ青い瞳の、儚げながらもどこか芯を感じさせる綺麗な人だった。
「本日はお招きありがとうございます、皆さま。オディール・エルシア・ジャンシェール・ディ・ガーランドでございます」
お姫様という単語から想像するよりは、高くはない声。けれども耳に心地いい。
すらりとした立ち姿も美しい彼女が席に着くと、招待をしたリーケ皇女が口火を切る。
「お運びいただいてありがとうごオディール様。いつかゆっくりとお話しできたらと思っておりましたの。合同授業の時にオディール様の作品は時々垣間見ておりましたが、あのしっかりとした跳ねのあたりなど、とても素敵だと感じていましたのよ」
「……跳ね?」
何のことかわからず小さく呟いた私に、横のヴィラマインが教えてくれる。
「書道ですわ」
意外なことに、選択授業は書道だったようだ。
なんか……なぜそれを選んだ? みたいな気持ちになる。ちなみにヴィラマインは私と一緒に美術を選択している。現在の彼女は、柔らかな色調で玉ねぎやピーマンを描いているところだ。
「漢字って可愛らしいですわよね。雨なんて、降っている様子がわかりますし」
「払いの、流れるような線も綺麗だと思いませんか? 真っ直ぐに一本幹が伸びているのがわかる『木』も私は好みですけれど」
「オディール様は簡素なものがお好きなのね」
なごやかに話を進める二人。
そこに、対応を心得ている店の従業員がお茶を持ってくる。
並べてられた茶器から漂うのは、馥郁とした香りだ。ややいつもより甘い匂いと、紅茶にしては紫がかった色に私は目を瞬く。
「私たちの世界のお茶ですよ、沙桐さん」
金の緩い巻き髪を抑えながら、ユリア嬢が教えてくれた。
「苦味はないわよ。ちょっと甘めだから、砂糖はよした方がいいわ」
エンマ姫の話にうなずきながら、私は口を付ける。ほのかに甘い。砂糖を一匙加えたぐらいの甘さだから、人によっては足りないと思うかもしれないが。
でも深みがあって美味しい。
「ミルクはあるかしら?」
オディール王女の言葉に、自分もと手を上げる人が三人。そこに便乗して私も手を上げ、ミルクティーのようにして飲んだ。
想定通りのおいしさにふっと笑みが浮かんでしまう。
「気に入って下さったみたいね。そろそろ懐かしい味をと思って用意したのだけど、沙桐さんの口に合うかどうか、心配していたのよ」
リーケ皇女の泰然としたほほえみに、私は恐縮する。気を遣ってもらって申し訳ない。
「とてもおいしいですねこれ。それに、異世界の物とか、珍しくて口にできるのが嬉しかったですよ」
「私もこのお茶は大好きですわ。ところで、あなたのお名前をお伺いしても?」
オディール王女が目を少し見開いてそう言った。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私、小幡沙桐って言います。ヴィラマインが誘ってくれて、皆さんのお茶会に混ぜてもらってます」
本当は、王女様だと聞いたのでもっとかしこまった言葉遣いをしたかった。けれどこの場にいるお姫様方からは、堅苦しいのは禁止と言われているので、名前も呼び捨てで、いつも通りの言葉遣いを求められている。
そんな中だから、オディール王女にもいつも通りに話しかけたのだが、彼女は不愉快には思わないでいてくれたようだ。
「私も、この世界の方と知り合えるのはとてもうれしいですわ、小幡さん」
「沙桐、と名前で呼んで下さい、その方が慣れてるので。オディールさんは、クラスの方とは上手く交流していらっしゃるみたいですね。何度かお見かけしました」
近づけはしないものの、遠くから観察することは可能だ。
そうしてオディール王女のことを気にして見ていると、少し背が高めの彼女が、やや小柄な女生徒たちと連れ立って楽しそうに歩いているのをよく見かけた。よろめいたお友達の背を支えてあげたりと、彼女は優しい人のようだった。
社交辞令がてらそう言うと、オディール王女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「初対面なのでお名前を伺いましたけれど、沙桐さんのことも実は私、知っておりました。なんでもルーヴェステインの騎士を従えたとか」
「う、うわ……」
私は思わず手で顔を覆う。
その『従える』という言葉が非常にこっぱずかしい。しかもそう言うのなら、オディール王女にも、エドに追いかけられている姿を目撃されているはずだ。
穴は。どこか穴はないのか。
もういっそテーブルの下に潜り込みたい。
呻く私の代わりに、ヴィラマインが応じてくれる。
「初めましてオディール殿下。私、沙桐さんと同じクラスのヴィラマインですわ。本当に沙桐さんはすごいんですのよ。アンドリュー殿下のためにと言って、国にいる時のようにふるまっては威圧してくるので、皆困っておりましたの。女子にも関係なしに「道を開けよ!」と言っては、アンドリュー殿下が諌めるということを繰り返していて」
そういえばそんなこともあったなー。
今にしてみれば、同級生は皆同僚。そしてアンドリューは上位者のままという意識ならば、確かに皆にも従えと言うに違いない、と行動の理由は納得できる。
「まぁ、騎士エドはそんなこちらの気風に合わないことを?」
「けれど沙桐さんに懐いて以来、こちらの世界での振る舞いはすべて沙桐さんの言う通りにしなければならないと考えたのか、すっかり大人しくなって下さったの」
改めて聞くと、本当にうちのクラスの女子のエドに対する評価が下落の一方だったことがよくわかる。
「まぁ、アンドリュー殿下も大変ね」
オディール王女が頬に手をあててしみじみとつぶやいた。
そんな彼女に、入れ知恵をするかのようにささやいたのは、エンマ様である。
「なんでもあの騎士、アンドリュー殿下の花嫁を物色していうという噂を聞きましたわ」
「うぐ……」
なぜ知っているんだエンマ様! まるで冥府の番人みたいになんでもお見通しだなこの人。
「殿下は護衛を騎士エド一人しか連れて来なくて、そのために、国元の重臣も、ご結婚に関することまであの騎士に命じるしかなかったようですわね」
「まぁ……アンドリュー殿下もお気の毒な」
「騎士エドに目をつけられた女生徒はいましたの? 大丈夫だったのかしら?」
「まだそういった面で被害を受けた者はいないと思いますけれど……」
不安そうな表情で、ユリア嬢やソフィー嬢までそんなことを言いだす。
真実ではあるが、さすがにエドがかわいそうになってきた。
なにせ最近かなり便利に使ってしまっているので、アンドリューの株ともども持ち上げておきたい。
だからそろりそろりと口をはさんだ。
それが彼女の名前だ。
聞いていた通り、美しい黒髪は高く結い上げられてから背に流されている。湖水のように澄んだ青い瞳の、儚げながらもどこか芯を感じさせる綺麗な人だった。
「本日はお招きありがとうございます、皆さま。オディール・エルシア・ジャンシェール・ディ・ガーランドでございます」
お姫様という単語から想像するよりは、高くはない声。けれども耳に心地いい。
すらりとした立ち姿も美しい彼女が席に着くと、招待をしたリーケ皇女が口火を切る。
「お運びいただいてありがとうごオディール様。いつかゆっくりとお話しできたらと思っておりましたの。合同授業の時にオディール様の作品は時々垣間見ておりましたが、あのしっかりとした跳ねのあたりなど、とても素敵だと感じていましたのよ」
「……跳ね?」
何のことかわからず小さく呟いた私に、横のヴィラマインが教えてくれる。
「書道ですわ」
意外なことに、選択授業は書道だったようだ。
なんか……なぜそれを選んだ? みたいな気持ちになる。ちなみにヴィラマインは私と一緒に美術を選択している。現在の彼女は、柔らかな色調で玉ねぎやピーマンを描いているところだ。
「漢字って可愛らしいですわよね。雨なんて、降っている様子がわかりますし」
「払いの、流れるような線も綺麗だと思いませんか? 真っ直ぐに一本幹が伸びているのがわかる『木』も私は好みですけれど」
「オディール様は簡素なものがお好きなのね」
なごやかに話を進める二人。
そこに、対応を心得ている店の従業員がお茶を持ってくる。
並べてられた茶器から漂うのは、馥郁とした香りだ。ややいつもより甘い匂いと、紅茶にしては紫がかった色に私は目を瞬く。
「私たちの世界のお茶ですよ、沙桐さん」
金の緩い巻き髪を抑えながら、ユリア嬢が教えてくれた。
「苦味はないわよ。ちょっと甘めだから、砂糖はよした方がいいわ」
エンマ姫の話にうなずきながら、私は口を付ける。ほのかに甘い。砂糖を一匙加えたぐらいの甘さだから、人によっては足りないと思うかもしれないが。
でも深みがあって美味しい。
「ミルクはあるかしら?」
オディール王女の言葉に、自分もと手を上げる人が三人。そこに便乗して私も手を上げ、ミルクティーのようにして飲んだ。
想定通りのおいしさにふっと笑みが浮かんでしまう。
「気に入って下さったみたいね。そろそろ懐かしい味をと思って用意したのだけど、沙桐さんの口に合うかどうか、心配していたのよ」
リーケ皇女の泰然としたほほえみに、私は恐縮する。気を遣ってもらって申し訳ない。
「とてもおいしいですねこれ。それに、異世界の物とか、珍しくて口にできるのが嬉しかったですよ」
「私もこのお茶は大好きですわ。ところで、あなたのお名前をお伺いしても?」
オディール王女が目を少し見開いてそう言った。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私、小幡沙桐って言います。ヴィラマインが誘ってくれて、皆さんのお茶会に混ぜてもらってます」
本当は、王女様だと聞いたのでもっとかしこまった言葉遣いをしたかった。けれどこの場にいるお姫様方からは、堅苦しいのは禁止と言われているので、名前も呼び捨てで、いつも通りの言葉遣いを求められている。
そんな中だから、オディール王女にもいつも通りに話しかけたのだが、彼女は不愉快には思わないでいてくれたようだ。
「私も、この世界の方と知り合えるのはとてもうれしいですわ、小幡さん」
「沙桐、と名前で呼んで下さい、その方が慣れてるので。オディールさんは、クラスの方とは上手く交流していらっしゃるみたいですね。何度かお見かけしました」
近づけはしないものの、遠くから観察することは可能だ。
そうしてオディール王女のことを気にして見ていると、少し背が高めの彼女が、やや小柄な女生徒たちと連れ立って楽しそうに歩いているのをよく見かけた。よろめいたお友達の背を支えてあげたりと、彼女は優しい人のようだった。
社交辞令がてらそう言うと、オディール王女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「初対面なのでお名前を伺いましたけれど、沙桐さんのことも実は私、知っておりました。なんでもルーヴェステインの騎士を従えたとか」
「う、うわ……」
私は思わず手で顔を覆う。
その『従える』という言葉が非常にこっぱずかしい。しかもそう言うのなら、オディール王女にも、エドに追いかけられている姿を目撃されているはずだ。
穴は。どこか穴はないのか。
もういっそテーブルの下に潜り込みたい。
呻く私の代わりに、ヴィラマインが応じてくれる。
「初めましてオディール殿下。私、沙桐さんと同じクラスのヴィラマインですわ。本当に沙桐さんはすごいんですのよ。アンドリュー殿下のためにと言って、国にいる時のようにふるまっては威圧してくるので、皆困っておりましたの。女子にも関係なしに「道を開けよ!」と言っては、アンドリュー殿下が諌めるということを繰り返していて」
そういえばそんなこともあったなー。
今にしてみれば、同級生は皆同僚。そしてアンドリューは上位者のままという意識ならば、確かに皆にも従えと言うに違いない、と行動の理由は納得できる。
「まぁ、騎士エドはそんなこちらの気風に合わないことを?」
「けれど沙桐さんに懐いて以来、こちらの世界での振る舞いはすべて沙桐さんの言う通りにしなければならないと考えたのか、すっかり大人しくなって下さったの」
改めて聞くと、本当にうちのクラスの女子のエドに対する評価が下落の一方だったことがよくわかる。
「まぁ、アンドリュー殿下も大変ね」
オディール王女が頬に手をあててしみじみとつぶやいた。
そんな彼女に、入れ知恵をするかのようにささやいたのは、エンマ様である。
「なんでもあの騎士、アンドリュー殿下の花嫁を物色していうという噂を聞きましたわ」
「うぐ……」
なぜ知っているんだエンマ様! まるで冥府の番人みたいになんでもお見通しだなこの人。
「殿下は護衛を騎士エド一人しか連れて来なくて、そのために、国元の重臣も、ご結婚に関することまであの騎士に命じるしかなかったようですわね」
「まぁ……アンドリュー殿下もお気の毒な」
「騎士エドに目をつけられた女生徒はいましたの? 大丈夫だったのかしら?」
「まだそういった面で被害を受けた者はいないと思いますけれど……」
不安そうな表情で、ユリア嬢やソフィー嬢までそんなことを言いだす。
真実ではあるが、さすがにエドがかわいそうになってきた。
なにせ最近かなり便利に使ってしまっているので、アンドリューの株ともども持ち上げておきたい。
だからそろりそろりと口をはさんだ。
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