上 下
21 / 43
第一部 ガーランド転生騒動

お茶会にオディール様を呼んでみた

しおりを挟む
 オディール・エルシア・ジャンシェール・ディ・ガーランド。
 それが彼女の名前だ。

 聞いていた通り、美しい黒髪は高く結い上げられてから背に流されている。湖水のように澄んだ青い瞳の、儚げながらもどこか芯を感じさせる綺麗な人だった。

「本日はお招きありがとうございます、皆さま。オディール・エルシア・ジャンシェール・ディ・ガーランドでございます」

 お姫様という単語から想像するよりは、高くはない声。けれども耳に心地いい。
 すらりとした立ち姿も美しい彼女が席に着くと、招待をしたリーケ皇女が口火を切る。

「お運びいただいてありがとうごオディール様。いつかゆっくりとお話しできたらと思っておりましたの。合同授業の時にオディール様の作品は時々垣間見ておりましたが、あのしっかりとした跳ねのあたりなど、とても素敵だと感じていましたのよ」

「……跳ね?」

 何のことかわからず小さく呟いた私に、横のヴィラマインが教えてくれる。

「書道ですわ」

 意外なことに、選択授業は書道だったようだ。
 なんか……なぜそれを選んだ? みたいな気持ちになる。ちなみにヴィラマインは私と一緒に美術を選択している。現在の彼女は、柔らかな色調で玉ねぎやピーマンを描いているところだ。

「漢字って可愛らしいですわよね。雨なんて、降っている様子がわかりますし」

「払いの、流れるような線も綺麗だと思いませんか? 真っ直ぐに一本幹が伸びているのがわかる『木』も私は好みですけれど」

「オディール様は簡素なものがお好きなのね」

 なごやかに話を進める二人。
 そこに、対応を心得ている店の従業員がお茶を持ってくる。
 並べてられた茶器から漂うのは、馥郁とした香りだ。ややいつもより甘い匂いと、紅茶にしては紫がかった色に私は目を瞬く。

「私たちの世界のお茶ですよ、沙桐さん」

 金の緩い巻き髪を抑えながら、ユリア嬢が教えてくれた。

「苦味はないわよ。ちょっと甘めだから、砂糖はよした方がいいわ」

 エンマ姫の話にうなずきながら、私は口を付ける。ほのかに甘い。砂糖を一匙加えたぐらいの甘さだから、人によっては足りないと思うかもしれないが。
 でも深みがあって美味しい。

「ミルクはあるかしら?」

 オディール王女の言葉に、自分もと手を上げる人が三人。そこに便乗して私も手を上げ、ミルクティーのようにして飲んだ。
 想定通りのおいしさにふっと笑みが浮かんでしまう。

「気に入って下さったみたいね。そろそろ懐かしい味をと思って用意したのだけど、沙桐さんの口に合うかどうか、心配していたのよ」

 リーケ皇女の泰然としたほほえみに、私は恐縮する。気を遣ってもらって申し訳ない。

「とてもおいしいですねこれ。それに、異世界の物とか、珍しくて口にできるのが嬉しかったですよ」

「私もこのお茶は大好きですわ。ところで、あなたのお名前をお伺いしても?」

 オディール王女が目を少し見開いてそう言った。

「あ、自己紹介がまだでしたね。私、小幡沙桐って言います。ヴィラマインが誘ってくれて、皆さんのお茶会に混ぜてもらってます」

 本当は、王女様だと聞いたのでもっとかしこまった言葉遣いをしたかった。けれどこの場にいるお姫様方からは、堅苦しいのは禁止と言われているので、名前も呼び捨てで、いつも通りの言葉遣いを求められている。
 そんな中だから、オディール王女にもいつも通りに話しかけたのだが、彼女は不愉快には思わないでいてくれたようだ。

「私も、この世界の方と知り合えるのはとてもうれしいですわ、小幡さん」

「沙桐、と名前で呼んで下さい、その方が慣れてるので。オディールさんは、クラスの方とは上手く交流していらっしゃるみたいですね。何度かお見かけしました」

 近づけはしないものの、遠くから観察することは可能だ。
 そうしてオディール王女のことを気にして見ていると、少し背が高めの彼女が、やや小柄な女生徒たちと連れ立って楽しそうに歩いているのをよく見かけた。よろめいたお友達の背を支えてあげたりと、彼女は優しい人のようだった。

 社交辞令がてらそう言うと、オディール王女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「初対面なのでお名前を伺いましたけれど、沙桐さんのことも実は私、知っておりました。なんでもルーヴェステインの騎士を従えたとか」

「う、うわ……」

 私は思わず手で顔を覆う。
 その『従える』という言葉が非常にこっぱずかしい。しかもそう言うのなら、オディール王女にも、エドに追いかけられている姿を目撃されているはずだ。 

 穴は。どこか穴はないのか。
 もういっそテーブルの下に潜り込みたい。
 呻く私の代わりに、ヴィラマインが応じてくれる。

「初めましてオディール殿下。私、沙桐さんと同じクラスのヴィラマインですわ。本当に沙桐さんはすごいんですのよ。アンドリュー殿下のためにと言って、国にいる時のようにふるまっては威圧してくるので、皆困っておりましたの。女子にも関係なしに「道を開けよ!」と言っては、アンドリュー殿下が諌めるということを繰り返していて」

 そういえばそんなこともあったなー。
 今にしてみれば、同級生は皆同僚。そしてアンドリューは上位者のままという意識ならば、確かに皆にも従えと言うに違いない、と行動の理由は納得できる。

「まぁ、騎士エドはそんなこちらの気風に合わないことを?」
「けれど沙桐さんに懐いて以来、こちらの世界での振る舞いはすべて沙桐さんの言う通りにしなければならないと考えたのか、すっかり大人しくなって下さったの」

 改めて聞くと、本当にうちのクラスの女子のエドに対する評価が下落の一方だったことがよくわかる。

「まぁ、アンドリュー殿下も大変ね」

 オディール王女が頬に手をあててしみじみとつぶやいた。
 そんな彼女に、入れ知恵をするかのようにささやいたのは、エンマ様である。

「なんでもあの騎士、アンドリュー殿下の花嫁を物色していうという噂を聞きましたわ」
「うぐ……」

 なぜ知っているんだエンマ様! まるで冥府の番人みたいになんでもお見通しだなこの人。

「殿下は護衛を騎士エド一人しか連れて来なくて、そのために、国元の重臣も、ご結婚に関することまであの騎士に命じるしかなかったようですわね」

「まぁ……アンドリュー殿下もお気の毒な」

「騎士エドに目をつけられた女生徒はいましたの? 大丈夫だったのかしら?」

「まだそういった面で被害を受けた者はいないと思いますけれど……」

 不安そうな表情で、ユリア嬢やソフィー嬢までそんなことを言いだす。
 真実ではあるが、さすがにエドがかわいそうになってきた。
 なにせ最近かなり便利に使ってしまっているので、アンドリューの株ともども持ち上げておきたい。
 だからそろりそろりと口をはさんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう! そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね! なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!? 欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!? え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。 ※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません なろう日間週間月間1位 カクヨムブクマ14000 カクヨム週間3位 他サイトにも掲載

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...