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〘150〙ぼや騒ぎ
しおりを挟むトキツカサの後楯により、タカムラは都邑近郊に第二の娼館を建設した。財界の要人をもてなす、高級料亭として看板をかかげ、裏では性サービスも提供する。アダシノが共同経営者(楼主)となり、アカラギが補佐する方向で計画は進んでいた。
二号店には間口のひろい車庫があり、その近くには煙草の販売機があった。誰かが火の点いた喫みかけを放置して去り、ぼや騒ぎが起きたのは、タカムラが公表を考えていた矢先の出来事だった。出火した吸殻は、昔風の木造建築をメラメラと燃やし、通報によって消防車が出動した。ぼや程度で鎮火に至ったが、おかしなことに、三日つづけて車庫から出火した。事件として警察が調査を始めたが、犯人像は浮かびあがってこなかった。もとより、都邑に近い場所は、風俗業の出店をきらう勢力が多く存在し、新たに参入する場合、地域の理解と協力は不可欠である。タカムラとアダシノは、事前にさまざまな要人を訪ねてまわり、頭をさげてきたが、雲行きがあやしくなってきた。
「これは、あきらかに我々への脅迫だろうね。あの場所は、先代よりトキツカサ氏が管理してきた土地だが、商業施設として利用すべきだと、狙っていた民間企業が多いのも事実なのだよ。」
休業日の午后、夜鷹坂にやってきたアダシノは、今後についてタカムラと話し合った。娼館など造られては、地域で得られる利益が湯水のごとく流れてしまうため、反対勢力が迷惑行為におよんでいる。そう考えると、法律で罰することは可能だが、開店を控える側としては、周辺住民との摩擦は最小限に抑えたいところだ。建設にあたり、その道の筋は通してきたが、やはり潰しにかかる者があらわれた。長椅子に深く坐り、長い足を組むタカムラは、憤るアダシノを見据え、「おちつきたまえ」と首をふる。
「この程度は予想の範疇だ。火災による損害も低い。予定どおり、四月に開店する。」
「放火犯を見逃すのかね?」
「否、追わずとも向こうからやってくるだろう。警察には、近隣の巡回強化を要請する。こちらが動かずとも、じきに襤褸をだすさ。」
アダシノは、悠長に構えるタカムラと軋轢が生じた。ゆゆしき事態の鎮静を逸り、夜鷹坂をあとにした足で、現場まで乗用車を走らせる。タカムラの指示を受け、アカラギも同行した。二号店に期待と極楽の夢をはせるアダシノは、建物に火を点けて焼き払おうとする犯人が許せなかった。車内ではずっと険しい表情をしており、アカラギも無言をつらぬいた。やがて、車窓から高層ビル群が見えてくる。
ハルチカがアカラギの留守を知った時刻は、夕食後である。
「哥さんが、シノさんといっしょに出かけた?」
「ああ。昼間、ダンナの部屋に呼ばれてから、アダシノと車に乗りこむところを見かけたぜ。」
「そう……。どこへ行ったのかな、」
「まだ帰ってきてねぇし、ずいぶん遠くに行ったみたいだな。ヒシクラに聞けば、ラギがどこへ出かけたのか、わかりそうだけど……、」
ハルチカと同室のエンジュは、着流しに眼鏡という、男娼にしてはめずらしい風貌の持ち主で、茶色の髪も短く整えている。下働きのエンオウとは、裏庭で情を交わす関係だ(ただし、キス止まり)。黒瑪瑙の首飾りは、帳場のヒシクラに相談し、修理に出してもらっている。鈍感なハルチカは、エンオウとエンジュが恋仲に発展した事実に、まったく気づいていなかった。猫のように神出鬼没なエンジュを捜しあてることができるのは、エンオウとアカラギだけである。
✓つづく
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