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〘138〙小料理屋
しおりを挟む集合住宅がいくつも建つ並びに、今となってはめずらしい木造の小さな料亭がある。格子戸の閂は勝手自由につき、それだけで小料理屋の実態を悟ることもできたが、たいていの客は、知らぬふりをしてまぎれこむ。後腐れのない情事は、社会的に必要なサービスとして、さまざまなかたちで生産されている。
乗用車で到着したタカムラは、アカラギを伴って奥の客間へ向かった。白漆喰の壁があざやかな室内に、書類選考を通過した数人の男娼が坐している。それぞれ見事に着飾っていたが、さほど見た目を気にしないタカムラは、彼らを過小評価した。ハルチカのように細い手脚をもち、常識を失いかけ、じぶんのものではない温もりに飢えた人間のほうが、扱いやすい。
「孰方にする?」
客間にはいってすぐ、タカムラは背後を見ずにアカラギに訊く。男娼は十数人ほど坐していたが、タカムラの直感で二者に選別している。アカラギとしては、半数は試用してみるべきだと思えたが、どうやら楼主の見込みにはずれたようだ。アオイ科の五弁花(ハスの美称)である紫の芙蓉を描いた着物に目が留まる。種小名は変化だが、花言葉は怒りを意味するため、雇い主を求める身にしては、印象はよろしくない。男娼はうつ向いていたが、意志の固さを感じられた。……いい個性をしている。特殊な商売を得意とするアカラギは、彼に決めた。名前をエンジュという(延樹と書く)。
タカムラは、アカラギの目利きを信用してエンジュの腕を引き寄せると、その場で裸身にした。花町で仕事を探すエンジュに、守るべき誇りはない。ふたりの男に躰を注視されても、顔色ひとつ変えなかった。染めているのか、艶のある茶色の髪を頭部で高く丸めてある。タカムラが髪留めを引き抜くと、腰まで垂れる長さがあった。
「これはじゃまになる。切れ。」
というタカムラの視線は、エンジュの下肢に落とされている。長い髪ではないことは明白だ。路上で身売りをしていたエンジュは、未処理のままである。
「……おっしゃるとおりにします。剃刀を購ってきます。」
エンジュの声は意外と低い。顔や躰つきに、女性らしさもなかった。裸身で客間をでようとするため、アカラギが引きとめた。
「まずは礼儀をふまえろ。脱がされてムキになるな。」
「誰が、」
「エンジュ、俺は夜鷹坂のアカラギだ。……採用にあたり要求が増えるのはこれからだ。口入れ屋になんて云われてきたのか知らないが、おまえの主人は目の前にいる。この室を立ち去ることは許されない。」
アカラギはそう云って、エンジュの退路を断つ。わずかに襖をあけて、彼以外の男娼を退出させると、あらかじめ敷いてあった布団を指で示した。
「主人の期待を裏切るなよ。俺は、おまえの有様を見させてもらう。」
アカラギは、やや離れた位置であぐらをかく。ハルチカやキリコが経験した昇格試験を、エンジュは強要されている。アカラギの見ている前で、タカムラの巨根にあえがされた。ただひとりの採用者となったエンジュは、数日後、小さなかばんを提げて夜鷹坂にやってきた。
「よう、おまえさんが延樹かい? おれは帳場のヒシクラだ。よろしく。」
出迎えたわけではなく、看板の汚れを気にして見あげていたヒシクラは、玄関先で新たな男娼として認められた青年と対面した。エンジュは、小料理屋でタカムラの腕に抱かれた姿とは別人と思えるほど、長い髪を短く整えてあらわれた。弁柄色の着流しも、まるで男前である。生来の受け身体質なのか、疑わしい恰好だった。
✓つづく
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