曙花町男娼夜鷹坂

み馬

文字の大きさ
上 下
131 / 190

〘131〙防衛本能

しおりを挟む

 危機に直面したり、痛みを予感させる出来事をまえに、葛藤しない人間はいない。たいていの場合、その瞬間を想像して、防衛反応がはたらく。湧きでてくる欲求や感情は、願望や恐怖心といった類型に形成され、排除するためには己の気持ちを外側に隔離するか、抵抗して打ち消す手法が必要である。

「ハルチカ、いつまでラギを待たせておくつもりだ? おれは、あいつの代わりには、なれないぜ……。」

 ヒシクラの接吻を受け、思考回路が迷走するハルチカは、ことばの意味がわからず、部屋にもどってからも釈然としなかった。あにの名前がでたことや、代用という文句が悩ましい。ハルチカは、アカラギの代わりを求めたつもりはない。そんなことは、誰にもできない。追いかけたくても、哥の背中は、あまりにも遠すぎた。今から全力疾走しても、きっと間に合わない。そう思って、向こうから歩み寄ってくることを期待した。実際、アカラギは何度も立ちどまり、ふり返っている。だからこそ、決定的な距離感が目に見えていた。

「これ以上、どうしろって云うの? おれは、なんでこんな……、どんなにがんばっても、哥さんに追いつけるわけないよ……、」

 キリコのように経験豊富でもなければ、ヒョウエのように明るく元気な性格でもない。モモコみたいな自然な色気もない。サイキチのように汗みず流して動きまわるわけでも、エンオウのように寡黙で力持ちでもない。すべては環境のちがいによって生じた個性であり、ハルチカの長所といえば、適応性と忍耐があるだけだった。それさえも、路上生活をしのぐために必然的に身に備わった能力であり、望んで手に入れた特徴ではない。

「ほしいだけじゃ、だめなんだ……。そんなの、わかってるよ。努力しなきゃ、認めてもらえない。だから、おれは、夜鷹坂で上級男娼になったんだ。あとは、なにが足りないの? 誰か、教えて……。おれは、なにをすればいいの……、うまくやってても行き詰まるのは、なんで……? 失敗ばかりで、おれだけ、なにも成長してないみたいだ……、」

 やって当然、できて当たり前、どのような立場でも、他人の評価はつきまとう。たとえ一部の声が肯定的であっても、好きな男に認めてもらえない不安感は、ハルチカの心を悩ませた。おちこんでは奮起して、前進したかと思えば足踏みでしかない。いつもすっきりしない現状と結果に、ハルチカの躰は疲れやすくなっていた。

 
 夕刻になり、外出先からもどってきたアカラギは、帳場のヒシクラに名簿をちらつかされた。

「今夜だが、名前を入れておいたぞ。」

「誰の、」

「おまえさんのだよ。ハルチカを最後に抱いたのはいつだ? そろそろ、恋人の時間が必要な頃合ころあいだと思ってな。余計なお世話だろうが、これも仕事のうちだと思えばいい。あいつを抱いてやれ。」

 ヒシクラは、タカムラより厄介な相手である。カリヤに負けないほどの達筆で、アカラギの横にハルチカの名前が記されていた。まだ指名料は未納につき、アカラギは黙って財布から紙幣を抜き取ると、帳場の方卓へ置いた。

 ハルチカは、金銭を支払ってまでアカラギに抱いてほしいとは思わず、タカムラの指示で性教育を継続していた期間のほうが心身ともに充実していた。「これっきりにしないで」と云われ、「個人的に付き合ってやる」と応じたアカラギとしても、第三者のお膳立ては不可欠であり、ヒシクラに体裁を整えられた今、ハルチカと向き合う時間をつくるべきだと判断した。自己嫌悪に陥りやすいハルチカの心境を、悪化させてはならない。

 事務的な作業でハルチカと向き合う機会が多いヒシクラは、青年の限界を察して、好きな男との交流の場を用意した。


✓つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

処理中です...