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〘121〙正々堂々
しおりを挟むキリコの介入により、体罰を中断するタカムラは、ズボンとベルトを着直して立ちあがると、ハルチカを吊るす縄を切った。陵辱としか思えない扱いを受けたモモコは、過呼吸を起こしている。まだ両手と足を拘束されているハルチカは、板張りの冷たい床に這いつくばり、モモコの容体を危惧した。
「モモさん、モモさん! ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐くんだ!」
「ゼェハァッ、ハル……ちゃん……、わたしなら……、だいじょうぶ……よ……、ゼェ、ハァッ!」
「モモさん、しっかり! ダンナさま、モモさんの足枷をはずしてあげて!!」
モモコの呼吸は、ヒューヒューとか細い。精神的にも限界につき、一刻も早く安静に寝かせるべきだ。お仕置き部屋から聞こえるハルチカの大声は、仕事明けのふたりの男の耳にも届いた(そうなるように、キリコが扉を全開にしておいた)。先にやってきたアカラギは、タカムラから鍵を受けとり、モモコの足枷を外して抱きあげた。
お仕置き部屋から救出されるモモコを見送るハルチカは、哥のうしろ姿が遠ざかると、じわじわ胸が熱くなってしまうが、罪人の立場である以上、助けを求めてはならないと思った。それより、キリコは、よくわからない行動を取っている。遅れて合流したヒシクラも、「キリコ?」と、驚いた。それから、床に横たわるハルチカを見、「モモはどうした?」とつぶやく。
「ラギさんが連れていったわ。」
そう応じるキリコは、つかつかとハルチカに歩み寄るなり、ふたたび腕をふりあげた。また頬を打たれると思ったが、キリコはふりあげた手をタカムラのほうへ差し向けた。
「さあ、ダンナ。こんどはわたしを吊るしあげて頂戴。体罰なら、甘んじて受けるわ。」
平気な顔で、チャリンッと合鍵を床に落とすキリコは、楼主の部屋にしのび込んだ事実を認めた。
「納戸に農具の鍬があったでしょう? 最初はあれを使って扉を破壊しようと思ったけれど、せっかくだから、ダンナの部屋を物色させてもらったわ。……持ちだしたのは合鍵だけで、ほかに手はつけてないわ。」
なにがせっかくなのか、よくわからない申しひらきである。まともな言動とは思えないが、キリコの態度は決然としていた。ヒシクラは(アカラギが床に置いていった)小さな鍵を手にすると、ハルチカのところまで歩み寄り、足枷を外した。手頸の縄を解くと、喰い込んだ痕が赤く腫れていた。
「平気か?」
と訊きながら、ハルチカの身体に視線を向け、外傷がないか確かめるヒシクラは、肌に触れようとして、思いとどまった。男娼の世話係は、アカラギである。弱っているハルチカに寄り添いたければ、まず、筋を通さなければならない。公私混同は禁物である。
「おい、タカムラよ。ハルチカに手を貸すけど、いいよな?」
キリコとにらみ合う楼主は、ハルチカを一瞥すると、「許可する。」といって、ヒシクラの助力を容認した。
「ヒシクラさん……、」
「おとなしくしてろよ。ラギでなくて、残念だろうがな。」
「そ、そんなこと……、」
「ない」と云いかけて抱きあげられたハルチカは、とっさにヒシクラの首筋にしがみついた。やや筋肉質な躰つきは逞しく、軽々とした足取りで階段をのぼり、ハルチカを三階の部屋まで運んだ。先にモモコの処置を終えたアカラギがやってくると、ヒシクラに湯をためた桶とタオルを手渡した。
「ハルチカの手当てなら、おまえがしたほうが、本人も安心すると思うんだが……、」
「俺はまだ、仕事がありますので、」
アカラギは、お仕置き部屋に残るキリコの身を案じて踵をかえした。
✓つづく
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