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〘109〙奪い合い
しおりを挟むひとりの男を、複数の人間が手に入れたいとき、争いは起きる。平和的解決などない。奪うか、奪われるか、ただそれだけである。多くの娼館では、人間関係の事故を防ぐため、従業員同士の恋愛沙汰は禁じていた。
夜鷹坂の楼主タカムラは、ヒシクラとアカラギというふたりの男の手腕によって、地位を確立させている。むろん、タカムラ自身の能力も高いが、頭の良すぎる男は、常に説明を省く。相手に考える余地をあたえるのは、人となりを見極めるのに役立つからだ。
「あちらの着工ですが、すべて上々です。このぶんですと、完成までは時間の問題でしょう。」
「結構だ。」
二階に位置する使者の間で、アダシノが差しだした文書に判を押すタカムラは、いくつか述べておく。
「責任者は赤羅城という男を抜擢した。離反をまねくと面倒になるが、確固たる地位に就かせておけば、頭のキレる働きをする。」
「アカラギくんとは、私も幾度か顔を合わせていますよ。人事について異論はございません。しかしながら、彼の存在は、一部の人間に迷いを来しませんか?」
「どんな、」
「たとえば、決心を鈍らせるといった具合に、」
アダシノの本名は、朱鷺士紫野という。夜鷹坂の二号店を管理する男で、アカラギの上司となる人間だ。ハルチカとも枕席で関係をもっているアダシノは、壺の間へ案内するアカラギの所作を見て、正当に評価するいっぽう、隙のない男ほど油断できないと思った。
アダシノはタカムラを見据え、さりげなく忠告した。ひとりの男をめぐり、周囲の感情が交錯している。男娼という花が咲きこぼれないよう、土に養分をあたえ、根に水をさす人間は必要だが、見栄えはよくなくてもよい。アカラギの輪郭は剝きようがなく、生来の顔つきとはいえ、あまりにも整っていた。アダシノは少しひねくれた顔を好む紳士で、完璧な男は苦手な種類だった。タカムラのような男とは、本来、付き合わない性分だが、ハルチカやキリコを気に入っており、夜鷹坂の繁栄に助力する意向を示している。
タカムラは苦言を呈されたが、アダシノに他意はなく「失敬」といって微笑した。
「ときに、楼主よ。種明かしは、いつするおつもりですか。」
太陽が高く昇った時刻、ムクッと布団から起きあがるハルチカは、たった今、使者の間で重要な話し合いがされているとは夢にも思わず、まぬけな顔で欠伸した。花町にきて三年と数十日、安全な屋根の下で暮らしていけるため、娼館という場所で働く現状に罪の意識はない。なかには厚かましい客もいたが、欲望の受皿となる身に、ケチをつけるものはいない。お笑い草かもしれないが、大金を落とす客に顔色をよくするのは当然であり、下手な男とは理屈を抜きにして肉体を好きにさせておけば、何事もうまくいった。
なぜかアカラギとは不仲に陥りやすいハルチカだが、信頼は損なわれておらず、なにをされても最終的には水に流せてしまった。
「今夜は、誰がくるのかな……。」
箪笥から今年新調した着物を引きだすハルチカは、ふうと、息を洩らした。夕刻の花町で、理容室に立ち寄った男は、その足で夜鷹坂に向かい、帳場のヒシクラに上級男娼を指名した。
「これはこれは、カリヤさまではございませんか。いやはや、ご無沙汰でしたね。またのご利用を、心より歓迎します。」
名簿に筆を動かす狩谷鷹羽は、今回も枕席へ呼びだす相手を希望せず、案内役の判断にゆだねた。芸者たちがうわつく客間で食事をすませると、壺の間で上級男娼を待つ。
✓つづく
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