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〘94〙負惜しみ
しおりを挟む完敗である。学業成績も社会経験も、身体能力も乏しいハルチカは、当然ながら勝負事に弱い。思いきって告白した相手は、最強にして最愛の男につき、常識的に考えて、勝てるはずもなかった。
「わざわざって、なにさ。あんなの返事になってないし、はぐらかすなんて狡いや……。卑怯、ひきょう、ひきょうものーッ!(でも大好き!! 迷惑じゃないって、云われたような気もするし!!)」
「ハル、なにひとりで騒いでるんだ? 癇癪?」
三階の自室で、ボスボスと布団に八つ当たりするハルチカは、訪ねてきたヒョウエと会話した。
「ラギと口論したのか? それって、ハルにしかできないことじゃん。おれは、すごいと思うけど。」
ヒョウエは、じぶんがタカムラ相手に歯向かう姿を想像できないため、アカラギに横柄な口をきくハルチカの威勢を恰好いいと褒めた。
「すごいのは哥さんのほうだ。おれなんか、まるで子ども扱いだもん。」
「ラギだって、子どもでいたときはあっただろ。ハルは、これからだって成長する(と思う)し、期待されてるんじゃないか?」
「期待って、なんの?」
ヒョウエはハルチカの小紋に腕をのばし、衿をひらいて胸もとを直視した。これといって、それらしき形跡は残されていない。ヒョウエは、なめらかな肌に指で触れ、肉体の質を確かめた。
「この前きた客、いい男だよな。おれも、少しだけ顔を見たけど、ちょっと、ラギに似てたかも。」
「……え? あ、カリヤさまのこと?」
「そいつの性交、うまかっただろ。」
「……うまいというか……おれは、」
「もしかして、ラギだと思って興奮した?」
「そ、そんなことない。カリヤさまは
カリヤさまだ。哥さんとは、ぜんぜん似てなかったよ……。」
会話の途中で嘘をついたハルチカは、迷うよりさきに、カリヤとの枕席を思いだし、胸が苦しくなった。……あれから、あの人は来ない。おれのこと、気に入らなかったのかな。……残念。……残念? なにが?
「ハル、ハールー、ハル?」
ヒョウエに名前を連呼されたが、ハルチカは呆然となった。ちがうはずなのに、ちがわない。カリヤは、アカラギと酷似した感覚をあたえてくるだけでなく、ハルチカの絶対領域に侵入できる男だった。夜鷹坂の書院に、彼が執筆した『指』シリーズの掌篇がいくつも置いてあったが、ハルチカはまだ、同一人物だとは思っていない。また、枕席で自己紹介をしても、利用客の職柄を意識にとどめることは少なかった。長期にわたり顔を合わせるようになっても、所詮は他人という、既存の領域どまりである。
「ハルってば、どうしたよ。」
「あいたッ!」
ポカッと頭を叩かれたハルチカは、いつのまにかヒョウエに陰部を摑まれていた。グニグニとじかに揉まれ、「なにしてんのさ!」と腕をふりはらった。
「ハルのって、つい、触りたくなっちまうんだよな。……ダンナの珍子の次に好きかも。大きさは物足りないけど。」
悪気はないらしく、ヒョウエは「ごめん、ごめん」と謝罪した。ヒョウエに好きといわれた部位が悩ましい。けっして、誰かに使うことはない器官だが(妊娠目的での生殖行為は考えられない)、第三者に評されるためには、まいにち手入れは必要だ。常に健康な状態を維持する男娼に、休業日はない。
「なあ、ハル。」ヒョウエは、ニヤッと笑う。化粧台に置いてあるペトロの容器を指さした。
「あれ、ふたりで、ぬりっこしない? 鏡を見ながらより、誰かに塗ってもらったほうが楽しいぜ。」
「い、いやだよ、そんな真似。おれは、じぶんで塗れるから!」
ハルチカは、躰ごと迫ってくるヒョウエの肩を押し返した。
✓つづく
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