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〘77〙知己朋友
しおりを挟む「なあ、ハルって、どうしてそんなにラギのことが好きなんだ?」
ガッシャーンッ。落下して粉々になった手鏡を拾おうとして、ヒョウエに腕を摑まれた。
「ばかッ。指を切ったらどうするよ。こういうのは、下働きを呼んで、片付けてもらえばいいんだよ。お願いしますって、」
下働きを呼ぶより先に、有能な男が物音を聞きつけてあらわれた。
「ふたりとも、そこを動くな。」
湯あがりのハルチカとヒョウエは裸足につき、アカラギは廊下に飛び散った破片を踏まないよう注意を促すと、土間へ向かった。まもなく、下働きのサイキチがほうきとちりとりを手にしてやってきた。掃除がすんだあと、ハルチカは(帳簿のヒシクラに新しい手鏡を注文しなきゃと思いつつ)、ヒョウエの質問に答えた。
「もちろん、哥さんのことは好きだけど、どうしてって訊かれても、そんなの困るよ。」
「おれたち友だちだよな? 好きな男の話くらいきかせてよ。」
「ヒョウエこそ、どうなの。」
「おれ? おれはダンナ一筋だぜ。このまえ、ヒシクラのおっさんに指でイカされたけど、やっぱり、どうせ挿れるなら、ダンナの珍子のほうが好きだな。……ハルも、ラギの珍子、好きだろ?」
卑猥な響きだが、まんざらでもないハルチカは、「そ、それは、」と口ごもった。いったん姿を消したアカラギがもどってくると、ハルチカの心臓は胸が痛むほどドクドクと高鳴った。枕席のあと、湯浴みを終えたふたりの男娼は、これから三階の部屋で眠りにつく。夕刻には、ふたたび化粧をして控えの間に待機する。平日の夜であっても、それなりに利用客は多いため、ハルチカもヒョウエも、文句を云わず、よく働いていた。
「に、哥さん、なにかご用?」
不自然な声がけをするハルチカにかまわず、アカラギは「あとで楼主の部屋へ行くように」と、端的な言伝をして去っていく。タカムラに呼ばれ、余計に胸が苦しくなったハルチカは、となりのヒョウエに励まされた。
「きっとあれだ。最近のおれたち、がんばってるじゃん? なんか、もらえるのかもよ。」
それだけで済むならいいがと思いつつ、ハルチカは「そうだね、」といって小さく笑った。楼主の部屋は、なにかと気が重くなる空間につき、お仕置き部屋の次に近寄りがたい場所である。ヒョウエと別れて廊下を歩き、湯あがりの姿でタカムラを訪ねたハルチカは、扉をあけて拍子抜けした。
「アダシノさま!」
「やあ、ハルくん。濡髪とは、色っぽいですね。これからの季節、風邪をひかないよう、気をつけてください。」
「は、はい。失礼します。」
ヒシクラにより戸締まりは完了しているため、こんな時刻までアダシノが夜鷹坂にいるとは知らなかったハルチカは、今夜は誰と枕席に侍っていたのだろうと勘ぐった。じぶんとヒョウエは、指名されていない。残るは、キリコくらいしか思い浮かばなかった。予想外の三者面談となったハルチカだが、アダシノのとなりへ(緊張ぎみに)腰をおろすと、長椅子で足を組む楼主と会話した。
「ダンナさま……、」
「先日は、ご苦労だった。商談成立に貢献したおまえに、こちらの御仁から、褒美を賜った。これにきて、確認を。」
部屋にはいったときから、大きな箱に目を引かれた。タカムラの脇に、立て掛けてある。ハルチカは腰を浮かせて移動すると「拝見します。」といって、蓋をあけた。厚い和紙に包まれた振袖があらわれ、見るからに高級素材が使われていた。美しい絵柄の扇面は、末広がりとされる縁起物である。
✓つづく
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