曙花町男娼夜鷹坂

み馬

文字の大きさ
上 下
10 / 169

〘10〙アカラギ

しおりを挟む

 ハルチカが夜鷹坂よだかざかにやってきたとき、アカラギはよわい二十五の若い男だった。話術わじゅつけていそうな賢い顔立ちをしていたが、笑うと子どものようにも見えた。その機微にふれて依存するハルチカは、男娼としての手ほどきを受ける日まで、かぎりなく純粋な思いを寄せた。

菱蔵ヒシクラさん、石鹸せっけん剃刀カミソリを三箱、お願いします。」

「おう、ラギか。ご苦労さん。」

 作務衣さむえ姿で帳場にすわ髭面ヒゲヅラのヒシクラは、注文書を受け取りながら、風呂場のほうへ視線を泳がせた。下働きの少年たちが、着がえとタオルを持って廊下を歩いていく。そのなかに、ハルチカと彩吉サイキチの姿もあった。

「あいつ、ずいぶんふくよか、、、、な体形になってきたな。最初に見たときは魚の骨かと思ったが、そろそろ抱き心地ごこちを確かめてみたいもんだ。」

「彼は未成年ですよ。手をだしたら旦那さまに叱られますから、お気をつけを。」

「なんだ、ありゃまだ童貞ガキか?」

「おそらく未経験かと。」

「それじゃあ、おまえが仕込んでやるしかねぇな。せいぜい健闘を祈るぜ。」

「その件につきましては、承知のうえで娼館ここで働いていますので、心配無用ですよ。」

 楼主ろうしゅの右腕はまちがいなくヒシクラであるが、左腕をになうアカラギの本領は底が知れなかった。長いつきあいの髙邑タカムラさえ、詳しい個人情報は聞きだせていない。必要なかったとってもいいだろう。アカラギの働きぶりは堅実けんじつで、頭の回転も速い。二十五歳のとき、一流大學で将来なんの役にも立たない勉強に励んでいたヒシクラは、アカラギの有能さに、よくよく吐息ためいきがでた。

春日坂かすがざかで起きた殺傷事件を知ってるか、」

 ヒシクラは声を低めた。営業時間後とはいえ、男娼の耳には届かないほうがいい話題である。帳場から去ろうとしたアカラギは足をとめ、眉をひそめた。春日坂とは、性サービスを提供する業務形態こそ等しい娼館だが、食事と性行為を利用客全員が同じ空間で行う乱痴気ランチキパーティーを専売特許としていた。酔いがまわった客が、ひとりの男娼を取り合った結果、無理やり挿入した客の後頭部をビール瓶で強打し、倒れた拍子に割れたガラスが男娼の臀部を突き刺し、先に手をだした加害者は自ら咽喉のどいて絶命するという結末である。快楽に溺れすぎては、強欲で身勝手な本能しか残らない。いかなる状況においても、節度をわきまえなければ、予期せぬ惨事さんじをまねく。まさに血の海と化した会場は、現在、閉鎖中である。商売道具の肉体に深手を負った男娼は、ショックのあまり精神障害を患い、地方の病院に隔離された。

「まったくよ、同業のよしみとして、哀悼あいとうの意を表するぜ。」

 ヒシクラは苦虫を噛み潰したような表情をしたが、アカラギのようすに変化はなく、「論外です。」と冷ややかな科白せりふを残して立ち去った。若造わかぞうにしては妙におちついているため、ヒシクラは「やれやれ、」と肩をすぼめた。それから、帳場での仕事を終えると、看板の照明を落とし、玄関を施錠する。夕刻にはふたたびもどってくる帳場をあとにして、本日の売上を金庫にしまうため、楼主の部屋に向かった。

「ラギのやつ、わかってるのかね。ハルチカのおまえさんへのまなざし、ありゃどう見ても恋慕の念だぞ。」

 アカラギは、気づかないふりをしている。個人的な感情こそ論外なのだ。


✓つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

待てって言われたから…

ふみ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。 //今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて… がっつり小スカです。 投稿不定期です🙇表紙は自筆です。 華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)

少年達は淫らな機械の上で許しを請う

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

処理中です...