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番外篇
悩めるザイール
しおりを挟むザイールは神殿の神官で、恭介のことが気になる男娘である(誤字ではない)。
「ああ、神よ。わたしは罪深い人間です。どうか、御慈悲を……、」
礼拝堂で祈りを捧げるザイールは、想い人と生活空間を共有していたが、文官試験に合格した恭介は、御室堂へと引っ越してしまった。
「……キョースケさまと、ずっとふたりきりで暮らしていけるとは、思っておりませんでしたが、胸が苦しくて、どうしても心が痛みます。……あの日、去りゆく背中を見送ることしかできなかったわたしは、意気地なしでした。……しかし、キョースケさまは、とても真面目で一途な方……。そうわかっているのに、わたしの心は、なんて浅ましいことか……、」
奉職者でありながら、恭介と過ごした日々を忘れることができないザイールは、深いため息を吐いた。恭介の朝帰り(正しくは第6王子との密会)を黙認していたとはいえ、相手が誰なのか、こわくて聞けなかっただけである。いつか、別れの日がくるだろうと覚悟していたが、現実となった今、ひどくやるせなかった。礼拝堂の通路にドヤドヤと連隊が通りかかると、その中のひとりが足をとめた。
「おう、ザイールじゃないか! 礼拝堂なんかで何やってんだ?」
武官のボルグである。大柄で青い眼をした男は、神殿へ挨拶に来た(武官の習わしで、遠方へ出向くときは、地下倉庫を管理する神官に貴重品などを預けていく)。
「何って、お祈りですよ……。あなたこそ、神聖な場で大きな声を出さないでください……。」
「悪い、悪い。小声で話すのが苦手なもんでな!」
注意を受けるそばから、「がははっ」と笑うボルグに、ザイールは顔をしかめた。力強く男らしい武官たちの役割は、コスモポリテスの国境を警備したり、城下町の治安を維持するため巡回したり、国王や王妃の警護などである。その仕事内容や結果に応じて支払われる報酬が異なるため、ボルグは旅費がもらえる遠方任務を好んで引き受けていた(ついでに、地方でしか手に入らない物品を経費扱いで買ってくるのが楽しみとなっている/のちに、恭介に禁止される)。
「……また、遠くへ行かれるのですか。」
「ああ。今度の任務は丸ひと月がかりだからな。貴重品を預けにきた。」
「そうですか……。」
ボルグは、王宮関係者の住居でザイールと同じ階層に身をおくため、恭介が文官に採用され、室をでた件を承知していた。
「しっかり戸締まりして寝ろよ。」
「……え?」
「キョースケは、もういないんだ。これまでどおり気をゆるめていたら、何が起こるかわからんぞ。」
「なんですかそれ。お城を前にして、騒ぎ立てる者など、誰もいませんよ。あり得ません。」
神殿もコスモポリテス城も、日常生活を送る住居に近い。礼拝堂や城門には門番が待機しているため、夜道に不安を覚えたことはなかった。子ども扱いされたザイールは、ムッとして眉をひそめた。
「用事がお済みならば、早く出ていってください。……あなたとの会話は、とても不愉快です。」
「がっはっはっ。そりゃ、悪かったな。それじゃあ、行ってくるわ。またな、ザイール。風邪引くなよ。」
「それはこっちの科白ですっ。」
ひらひらと手を振りながら踵をかえすボルグのうしろ姿を見たザイールは、複雑な心境に陥った。……また、置いていかれる。そう思った瞬間、ひろい背中へ腕をのばしていた。
「あ、あの、少し待ってくださいっ。」
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