恭介の受難と異世界の住人

み馬

文字の大きさ
上 下
355 / 364
番外篇

悩めるザイール

しおりを挟む

 ザイールは神殿プロメッサの神官で、恭介のことが気になる男娘おとめである(誤字ではない)。

「ああ、神よ。わたしは罪深い人間です。どうか、御慈悲を……、」

 礼拝堂で祈りを捧げるザイールは、想い人と生活空間を共有していたが、文官試験に合格した恭介は、御室堂おむろどうへと引っ越してしまった。

「……キョースケさまと、ずっとふたりきりで暮らしていけるとは、思っておりませんでしたが、胸が苦しくて、どうしても心が痛みます。……あの日、去りゆく背中を見送ることしかできなかったわたしは、意気地いくじなしでした。……しかし、キョースケさまは、とても真面目まじめ一途いちずな方……。そうわかっているのに、わたしの心は、なんて浅ましいことか……、」

 奉職者でありながら、恭介と過ごした日々を忘れることができないザイールは、深いため息を吐いた。恭介の朝帰り(正しくは第6王子との密会)を黙認していたとはいえ、相手が誰なのか、こわくて聞けなかっただけである。いつか、別れの日がくるだろうと覚悟していたが、現実となった今、ひどくやるせなかった。礼拝堂の通路にドヤドヤと連隊が通りかかると、その中のひとりが足をとめた。

「おう、ザイールじゃないか! 礼拝堂なんかで何やってんだ?」

 武官のボルグである。大柄おおがらで青い眼をした男は、神殿へ挨拶に来た(武官のならわしで、遠方へ出向くときは、地下倉庫を管理する神官に貴重品などを預けていく)。

「何って、お祈りですよ……。あなたこそ、神聖な場で大きな声を出さないでください……。」

「悪い、悪い。小声で話すのが苦手なもんでな!」

 注意を受けるそばから、「がははっ」と笑うボルグに、ザイールは顔をしかめた。力強く男らしい武官たちの役割は、コスモポリテスの国境を警備したり、城下町の治安を維持するため巡回したり、国王や王妃の警護などである。その仕事内容や結果に応じて支払われる報酬が異なるため、ボルグは旅費がもらえる遠方任務を好んで引き受けていた(ついでに、地方でしか手に入らない物品を経費扱いで買ってくるのが楽しみとなっている/のちに、恭介に禁止される)。

「……また、遠くへ行かれるのですか。」

「ああ。今度の任務は丸ひと月がかりだからな。貴重品を預けにきた。」

「そうですか……。」

 ボルグは、王宮関係者の住居でザイールと同じ階層かいに身をおくため、恭介が文官に採用され、へやをでた件を承知していた。

「しっかり戸締まりして寝ろよ。」

「……え?」

「キョースケは、もういないんだ。これまでどおり気をゆるめていたら、何が起こるかわからんぞ。」

「なんですかそれ。お城を前にして、騒ぎ立てる者など、誰もいませんよ。あり得ません。」

 神殿もコスモポリテス城も、日常生活を送る住居に近い。礼拝堂や城門には門番が待機しているため、夜道に不安を覚えたことはなかった。子ども扱いされたザイールは、ムッとして眉をひそめた。

「用事がお済みならば、早く出ていってください。……あなたとの会話は、とても不愉快ふゆかいです。」

「がっはっはっ。そりゃ、悪かったな。それじゃあ、行ってくるわ。またな、ザイール。風邪引くなよ。」

「それはこっちの科白セリフですっ。」

 ひらひらと手を振りながらきびすをかえすボルグのうしろ姿を見たザイールは、複雑な心境に陥った。……また、置いていかれる。そう思った瞬間、ひろい背中へ腕をのばしていた。

「あ、あの、少し待ってくださいっ。」
 
   * * * * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

捜査員達は木馬の上で過敏な反応を見せる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...