恭介の受難と異世界の住人

第296話

　コスモポリテス王国は、遠い昔、天上の神が一滴いってきの涙を注ぎ、そこから生まれたアカデメイア川の源流が大地や自然を育はぐくみ、人間が造化ぞうかされ、生命の営いとなみが始まったとされている。こういった神話的な国造くにつくりは、天照大神あまてらすとして日本にも存在した。文官らしく従事する者は、ロマン主義のような傾向を持っており、愛国心は神々の信仰につながる。だが、論理ろんりの飛躍は、時として暴動ぼうどうを引き起こす原因になるため、恭介は王族の神格化を拒こばむ気持ちがあった。だからこそ、ひとりの人間として、どこか情緒不安定な第６王子を愛いとおしく思えた。

　王国に対する忠誠心や、君主への誠実な念があれば、文官試験など容易たやすいのかもしれない。王室用語も戒律も、性質の本分を正しく生いかすための手段であり、社会や国家のため学問として重視されている。

（……その国の法を守ることは、おおげさにいえば宇宙の摂理せつりだもんな。……あくまで、教典なんてのは人道のすすめってやつだ。人間が世界を私物化しているから、身分とか力の違いが発生するわけで、尊徳なんてのは、自分の経験で見極めるしかないンだ……）

　恭介は筆先の墨すみを硯面けんめんで細く整えると、小さく深呼吸をした。文官になれるかどうかの問題が全部で30問、縦書きで記してある。落ちついて解答欄に文字を書き込んでゆく。

（ああ、大丈夫だ……。今のところ、覚おぼえたとおりの内容を書けば、まちがいないはずだ。落ちつけ、落ちつけオレ……）

　筆を持つ指が微かすかに震ふるえる。計算問題であればまだしも、ひと文字でも書き損じると点数にならない採点方式につき、力りきみすぎて左腕が痺しびれてきた。ふと、人差し指の黒翡翠ジェダイトに強く意識が及んだ恭介は、いったん筆を置いた。

（……ジルヴァン）

　恋人の顔を思い浮かべ、気を引き締め直す。恭介はまだ、目標のスタート地点に立つ資格さえ持たなたい人間である。ここまできて、後戻あともどりするつもりはない。

（消極的になるな、自信をもて。オレに迷いはない!!）

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