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第276話
しおりを挟むレッドとアミィの距離が少しだけ近づく出来事が起きた日、恭介は右腕の抜糸をするため、医官のところへ向かった。城務めが休みでも、礼儀として内官布姿で足を運ぶ。
「失礼します。」
「おぅ、来たかぁ。その後、調子はどうかね?」
「おかげさまで順調に回復しています。」
「うむ。それは良かった。どれ、見せてみろい。」
「はい。お願いします。」
袖を捲くって近くの椅子に座ると、医官は薬品棚から必要な器具を取り出した。傷口は塞がっていたが、小刀で裂かれた痕は、しっかり残っている。あれこれ考えても仕方がないため、恭介はため息を吐き、軽く肩をすぼめた。
(つくづく、オレは単細胞だよな。ちっとも賢い判断ができやしない。……もうすぐ文官試験だ。これだけは確実に突破させてもらうけどよ。この傷のおかけで、かなり勉強できたからな。きっちり落とし前をつけてやる。……ちょっと意味がちがうけど)
医官が手際よく抜糸をするあいだ、恭介は心の中でひとり突っ込みをした。だが、実際に勉強はかなり進み、頭に入っている今の内に試験に挑戦したいくらいだった。抜糸と消毒が終わると、もう包帯は必要なくなった。さいわい、関節の駆動域をじゃましないため、これでようやく日常生活を取り戻せた。治療室から帰宅する際、渡り廊下を通過した恭介は、庭園に目を向けた。
(うん? あれは……、ルシオンか?)
奥の垣根が、ガサガサと動いて見える。庭園の管理を担当する人物はルシオンにつき、恭介はなんの疑いもなしに近づいた。すると、葉叢の隙間から女性と思われる細い生足が、ニョキッと突き出してきた。
(なんだ……? うおっ、マジかよ!?)
近づくのをやめ、首を伸ばして確認すると、繁みに隠れてルシオンが女官と戯れている最中だった。しかも、グチュグチュと卑猥な音が耳につく。男性器を挿入して腰を振るうしろ姿は、ルシオンで間違いない。
(おいおい!! 朝からこんな場所でやることかよ? しかも相手は女官じゃねーか! うっかり妊娠でもさせたらどうする気だ!?)
避妊具のない異世界につき、ルシオンはそれを承知の上で女性の膣内へ遠慮なく射精する。女官は「あはぁ~っ」と声をあげ、うっとりした顔で広い背中にしがみつく。仮にも王族の男士でありながら、ずいぶん不埒な行為である。当然ながら、快楽だけを目的とした性交であることは明白で、恭介は胸やけを覚えた。ルシオンの本命は義弟であるはずだ。こんな浅はかな真似をする義兄とジルヴァンの血がつながっているかと思うと、ガンガン頭痛がした。
(……いや、この結果は予測できたはずだ。なにしろ、ルシオンのジルヴァンに対する感情は叶わぬ恋ってやつだ。……たまにはこうやって火遊びしなきゃ、性欲が発散できねーよな。ってか、そのための情人じゃないのか? そこら辺の女官を口説いてすぐさま一発なんて、側室の庶子としてどうなんだよ。……悪いけどオレは軽蔑するぜ)
王族の人間から肉体関係を迫られた女官が、とっさに断ることなど可能だろうか。恭介は静かにその場を離れたが、しばらく腹底がモヤモヤした。
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