恭介の受難と異世界の住人

第219話

「おまえは、遺跡ルーインで記憶を失った可能性が高く、偶然出遭であった獣人けひとと傭兵ようへいに助けられ、城ここまできて、神殿プロメッサの神官に保護された……だと？」
「はい。そうです。現在もオレの記憶は曖昧あいまいで、自分が何処どこから来たのか、はっきりと思いだせません。……ですが、記憶が戻り次第しだい、ジルヴァンにすべて話すつもりです。」
「しかし、だとすれば、罪人ざいにんや亡命者ぼうめいしゃの可能性もあるということか。」
「さすがに、そういった可能性を自分でも疑ってみましたが、ちがうと思い込みたいところですね……。」
「ふん。善人ぜんにんふぜいな男の正体しょうたいが悪人あくにんでは、世も末すえだな。」

　皮肉めいた批判に聞こえたが、恭介は苦笑にがわらいしておく。事実とは多少なりとも異なる身の上を語らせてもらったが、さいわい、シグルトが訝いぶかしむようすは見られない。このまま相手が引き下がれば結果オーライだ。

（……オレだって、あんまり嘘をつきたくねぇからな。これ以上は何も聞いてこないでくれ、シグルト……）

　恭介の願いとは相反あいはんするかのように、シグルトは近くの椅子イスに腰をかけ、腕組みをした。
「……それで？　おまえを城しろまで案内したという獣人と傭兵は現在いま、どうしているのだ。」
「どうと訊きかれても、それきり会っていませんが……。」

（……シリルくん、ゼニスさん、ふたりとも元気にしてるだろうか）

　なつかしい記憶に胸の奥が熱くなる。あのふたりに出会えた恭介は、幸運だった。シリルがなぜ、見ず知らずの人間を助ける気になったのか不明だが、恭介にとっては感謝しかない。

（暗い道に迷った時、誰かが手を差しのべてくれた。それくらい、ありがたい出来事だった……）

　深く身にしみて感じていると、シグルトは腕組みを解とき、スッと立ちあがった。恭介に近づくと、じっと見つめてくる。顔を背そむけてはいけない気がして、数秒ほどシグルトと視線を交まじえた。
「おまえの双瞳ひとみは、まるで夜の闇のようだな。黒い眼の人間が存在するとは不吉ふきつだと思ったが、それは偏見であった。」
「シグルト……？」
「ジルヴァンめ、このような男を情人にするとは、国のためにならぬな。」
「オレが、国のため……って、どういう意味だ？」
　恭介の言葉遣いが通常時に戻っても、シグルトは構わないようすで微笑びしょうする。

「ふっ、よかろう。私はおまえを認める。どういった過去があろうと、現時点ではコスモポリテスの役人に変わりはない。せいぜい、この私や国を裏切る真似はせぬよう肝に銘じよ。」
「どうも……？」
「もとより、私は人種差別を誇張こちょうしに来たわけではない。ただ、髪や眼の色が異なるからといって、排他的はいたてきに扱うのは道理に反するからな。……しかし、こうして近くで見れば見るほど、ふしぎな感覚に捉とらわれる。おまえの才能は未知数だな。」
「それは過大評価だ。立場は違っても、種族や身分に関係なく、誰だってそれぞれ置かれた場所で成長するものだから。」

　恭介の科白セリフにシグルトは茶色の双瞳を細めたが、そのまま踵きびすをかえすと執務室を去った。

　　　　　＊　＊　＊　＊　＊　＊