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第218話
しおりを挟む恭介は、わざわざ執務室へ足を運んだ第4王子の意図を見抜くまで、用心のため沈黙した。
(なんでだ? なんで神殿に行って、オレの身分を調べる必要があったんだ? そんなことをして、シグルトになんの意味がある……?)
ユスラによると、シグルトは昨晩、情人と過ごしたはずだ。その翌日に第6王子の情人である恭介に、個人的に会いにくるなど、いまいち行動理由が読み取れない。義兄のルシオンほどジルヴァンに執着していないシグルトの狙いは、やはり恭介の存在でしかなく、なんらかの疑念が生じた結果だと推測した。
(たとえ身分が私奴だろうと、情人側に問題はないはずだ。側室とは違う扱いだし、王族であれば、相手の性別や年齢に関係なく、好き勝手に選べる利点がある。……そもそもシグルトは、オレの何が知りたいんだ?)
作業台に視線を落とした恭介は、参考書の表紙に高官の文字を見つけ、勘違いされないか不安を覚えた。
(……うん!? ちょっと待て。頼むから誤解するなよ? オレがなりたいのは文官だからな! 今より高い地位を狙ってるわけじゃねーぞ。って、発言したほうがいいか?)
考えがまとまらない内に、すっかり日は暮れて夜になる。にわかに、執務室全体も暗くなった。天井から吊りさがる洋燈の火は、今にも消えそうだった。シグルトのほうこそ、やって来たときから動きが少ない。ただ、恭介の近くに佇み、室内のようすへ視線を泳がせていた。数十分が経過した頃、ようやく「さて」と、第4王子が声を発する。
「キョースケ。なにゆえ、文官の勉強をしている。昇格が目的ならば、ジルヴァンも承知であろうな?」
「……いや。話してない。」
「それはなぜだ。」
「必要ないから。」
「ずいぶんな言い草だな。」
「これはオレがひとりで決めた目標で、ジルヴァンは関係ない。」
「ほう? 関係ないとはな。仮にも試験に合格すれば、官吏の位が上がるわけだが、おまえに野心がないとは限らぬ。……何を企んでいるのか、気になるところだ。」
「滅相もない。オレみたいな小者を気にするだけ時間の無駄ですよ。もとより、野心と云うほどの願望は持ち合わせていません。」
恭介の口調は敬語に変わる。いくぶん挑むような表情でシグルトを正面から見据えたが、第4王子の反応は落ちついていた。
「……ならば最後に問う。キョースケよ。おまえは何処から来た。コスモポリテスの人間に、そのような黒髪や眼の色をもつ者はおらん。危険因子とあらば、取り除かねばならぬ。私は内政に務めているのでな。……ジルヴァンより、此度の式典にて表彰すべき人物として、おまえの推薦状を受け取ったが、身辺調査は必要であろう。」
恭介は、やっと状況を理解した。数日後に開催される祝賀式典の席で、第6王子の厚意により恭介は勲章の授与が決定している。シグルトは、事前準備に携わる立場だった。
(そういうことか。オレの素行に怪しい動きがないか、確かめに来たのか……。ここは、適当に話しておくか? ジルヴァンの顔に、泥を塗るわけにはいかねーしよ……)
恭介はシグルトを納得させるため、少し作り話を聞かせることにした。
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