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第205話〈リゼルとの約束〉
しおりを挟むゼニスとシリルが城下町で過ごすころ、リゼルとウルは昼寝をしていた。洞窟の入口にボロ布を敷き、陽のあたる場所で浅い眠りにつく。オオカミの姿で寄り添っていたウルは、音もなく人型になると、リゼルに悪戯をした。
カチャカチャと帯巻きを外して小刀と短剣をなるべく手の届かないところへ置くと、衣服の前をひらく。コスモポリテスの人間は下着を身につけないため、ウルの視野にリゼルの全裸が晒された。適度な筋力を備えた若々しい肌は張りがありつつ、肌理は柔らかそうに見えた。思わず噛みつきたくなる肉体である。人狼は何十日も獲物にありつけず極限まで飢えると、仲間を襲う習性があった。いわゆる共喰いだ。
「……旨味そうだな。」
リゼルの肌を見ていると腹が減るウルは、人狼の血がさわぐ。舌舐めずりをしていると、寝ていたはずのリゼルがパチッと目を開けた。いつの間にか裸身にされていたが、ウルが直に手をつけた痕跡はなく、かろうじて蹴り飛ばす判断には至らない。
「……おい、ウル。人を裸身にして、何やってたんだよ、変態オオカミ。」
リゼルは人狼の名前を口にするようになっていたが、ウルから名前で呼ばれたことは、まだない。
「べつに何もやってねぇよ。旨味そうだなと思って眺めてただけだ。……見るくらいなら、いいだろ? 減るもんじゃナシ。ついでに、オレサマのなら、いくらでも見せてやるぜ。」
ウルは下品な科白を云いながら、わざと下半身を突き出してくる。一張羅の前がはだけて、妙に色っぽい。リゼルはウルの軽はずみな態度に嫌悪したが、ここで恥じては相手の思うツボにつき、平静を装った。
「自慰なら向こうでやれ。いちいちオレを挑発するな。」
リゼルは森を指差して云う。帯巻きを取り戻そうとして手頸を掴まれた。
「な、なんだよ?」
「触りたい。」
「は?」
「おまえに触れたい。」
「もう触れてるだろ。離せよ。」
「どうすれば云うことをきく。」
「さっきからなに云ってンだ? オレは、おまえとどうにかなるつもりはないンだよ!」
「素直じゃねーな。」
「う、うるさいな。いいから離れろってば!」
「いやだね。」
「……ウル、てめぇ! わっ、」
グイッと手頸を引き寄せられ、口唇を奪われた。しかも、ギュムッと性器を握られたリゼルは、今度こそウルの胴体を蹴りつけた。
「やめろってば!!」
「ったく、いつまで純情ぶってるんだ、クソガキが。いっそ、人思いにおとなにしてやるよ。」
「ふざけるなっ!!」
ウルに腕力を発揮され、簡単にねじ伏せられたリゼルは「やーめーろー!!」と、抗議した。いっぽう頭の奥で、このまま抱かれてしまえば、気が楽になるだろうかと血迷った。
「わっ、うわっ!! 嘘だろ!? ウル! そんなとこ、汚いってば!」
「いいんだよ。汚くても。」
「いいわけあるかぁっ!!」
ジタバタと抵抗するリゼルにかまわず、ウルは股のあいだに舌を這わせると、陰部の先端を咥えた。その瞬間、背筋がゾクゾクしたリゼルは、がまんの限界に達する。
「よせっ!!」
と短く叫ぶと、ウルの前髪を掴んで強引に引きはがした。
「……あのな、ガキ。これくらいで腰を抜かしてたら、いつまでたっても先には進めないぜ。」
「進まなくていい! オレなんかに欲情するな!! 迷惑だ!!」
「本気で云ってるのか?」
「本気に決まってるだろ。」
「ふうん? 余程オレサマが嫌いってことか、」
「きらい……って云うか……、そ、そうじゃなくて……!」
「そうじゃなくて?」
「だ、だから……っ、」
「どうした? はっきり云ってみろ。」
「……っ!! うるさい! 離れろ!!」
リゼルは、なぜかウルの存在を嫌いになれず、必要に迫られて動揺ばかりする自分の態度に嫌悪した。ウルは、とっくに気持ちを伝えている。つまり、リゼル次第で親密な関係に発展することは可能なのだ。その機会を得るため、ウルは積極的に絡んできたが、リゼルの覚悟が追いつかなかった。
「やめろ、ウル。頼むから……、時間をくれ……、」
獣耳がシュンとして下に垂れる姿を目にしたウルは、下半身がビンビンに勃ちあがった。どこまでも素直になれないリゼルでありながら、体質は受け身そのもので(本人は認めなくても)、いじらしい。
「……ウル? どこ行くんだ?」
「抜いてくるんだよ。聞くな弱虫。」
前かがみになって森に姿を消すウルの背中を見つめるリゼルは、「ごめん、ウル……」と、素直に(こっそり)反省した。
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