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第195話
しおりを挟むいつものようにウルと森で鍛練を終えたリゼルは、短剣の手入れ用の材料を調達することにした。
「オレは探しものがあるから、おまえはひとりで先に帰ってろよ。」
「探しもの?」
「こいつを磨きたいンだ。」
「砥草なら、向こうに生えてたぜ。」
リゼルが短剣を指差して云うと、ウルはクイッと顎で方角を示す。即答してみせるため、森を知り尽くしているような態度だ。リゼルはまだ、世の中の多くを知らない。いずれにしても、ウルのほうが知識の範囲が広いことは確かであった。そこを張り合っても仕方がないため、云われたとおりの方角へ探しにいく。
「なんでついてくるンだよ。先に帰れと云ったじゃんか。」
「オレサマの勝手だろ。」
「だったら、前を歩け。うしろからついてこられると気が散る。」
「気が散る? 妙な例えだな。」
「う、うるさい! いちいち余計なこと云うな!」
「はい、はい。」
ウルに対して距離感がつかめないリゼルは、最近の生活がどうにも歯痒くてならなかった。このままでは意味もなくウルを罵倒しそうな状況につき、きちんと相手の正体を確認することにした。
「なあ、おまえってさ、いつから一匹オオカミなわけ?」
リゼルは、ウルの逞しい背中を見つめながら質問した。青い一張羅が躰のサイズに合わず、肩幅の布地が少し窮屈そうにピンと張っている。シリルが適当に縫った衣服だが、ウルは文句を云わず着用していた。
「オレサマは生まれてすぐ孤立してたぜ。」
「そんなの嘘だ。一匹じゃ、まして小狼の時は獲物なんて狩れないだろ。」
「その通り。オレサマは育児放棄されたも同然で、餓死する運命だったのさ。」
「い、育児放棄!? おまえ、母親に見捨てられたのか?」
「親が子どもを育てるのが、当然だと思うなよ。自然界には子育てをしない種族も多いんだ。オレサマが死なずにすんだのは、食物の豊富な山地で産まれたからだ。もし、置き去りにされた場所が別のところだったら、生きられなかったかもな。」
両親から大事に育てられている実感のあるリゼルは、ウルの科白に愕然とした。意外な事実だが、ウルの強さの秘密は喪うものがないからだと結論づけた。人間も獣人も人狼も、同じ生き物である。悲惨さの矛盾など考えたこともない。そんなリゼルだったが、これだけは聞かずにいられなかった。
青々とした砥草が群生する一帯に到着したウルは、背後のリゼルを振り向いた。
「おい。なんでそんな顔してんだよ。」
リゼルは今、自分がどんな顔をしているのか無自覚だった。ウルは腕組みをして佇んでいる。腹が立つ言動が多いとはいえ、ウルが本気をだせばきっとリゼルは負ける。あらゆる意味で、本当の強さを隠し持っているにちがいない。
「……おまえさ、オレみたいな半獣を構ってないで、さっさと気の合う雌を見つけて家族をつくったらどうなんだ。……今からでも十分取り戻せるはずだ。孤独を知るおまえなら、いい父親になれるンじゃないの?」
リゼルにしては余計な発言だったが、ウルの反応は「それがどうした」と、淡白だった。
「いつまでも死にたがってないで、もっと長生きしろよ。そう思えるような番いを見つければいいじゃんか。」
「見つけたさ。」
「えっ? どこに?」
「おまえの母親。」
「な、なに!? おい、ふざけるな!! まだ母さんを諦めてなかったのか!?」
「冗談だ。キャンキャン吠えるな。」
「このっ!! せっかく真面目に話してたのに!!」
リゼルは憤慨したが、ウルは「かかっ」と笑う。またしてもからかわれたリゼルだが、これまでとは異なる感情が湧く。
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