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第189話
しおりを挟む「おらおらっ、こっちだよ!」
と、ウルが人差し指を立てて逃げまわる。
「うるさい! いちいちこっちを振り向くな!」
と、両手に武器を持って追いかけるリゼルが言葉を返す。
ゼニスの指示により、人狼のウルは人型でいる時は、可能なかぎりリゼルの鍛練に付き合っていた。洞窟付近の森の中を、人間ならざる脚力を発揮して動きまわる二匹は、シリルいわく兄弟のように見えた。どちらもキリッとした顔だちをしており、雄としての見栄えは上等で、リゼルに至っては、ゼニスの遺伝的要素を色濃く受け継いでいた。
「喰らえっ!」と、リゼル。
「喰うかよ!」と、ウル。
投げつけられた小刀を軽々と躱したウルは、わざと相手の接近を許し、リゼルの右手を掴んだ。そのまま勢いよく地面に引き倒すと、口唇が触れそうなほど顔を近づける。
「相変わらず、ヘッタクソだな。おまえ、人間のフリをして武器を使うより、爪で引っ掻いたほうが早くないか?」
「う、うるさいな! オレは父さんみたいな強い男になるんだ!!」
「はんッ、一丁前な志で結構だがな、いちどでもオレサマをギャフンと云わせてみろ、チビ助。」
「チビ……ッ、なんだと!?」
確かにウルのほうが体格もよく背が高い。だが、ゼニス似のリゼルには、まだまだ成長の余地がある。見た目を小馬鹿にされて腹を立てたリゼルは、ガブッとウルの前脚に噛みついた。
「いてぇ!! このガキ、なにしやがる!!」
「黙れ! 気安くオレに触るな!!」
「ふうん? 触ると、どうなるんだ?」
リゼルの反発は、オオカミのウルにとって逆効果である。おもしろがって頭巾を取り払い、獣耳を指でつんつんされた。
「おまえって人間なのか? それとも獣人なのか? どっちを自認している?」
「どっちもオレだ! 父さんも、そう云ってたし、ふたりの血を半分ずつ引いてるンだ。文句あるか!」
「いや、文句はねーよ。ただ、おまえ自身がどう思っているのか、聞いてみたかっただけだ。」
「……なんで、」
「なんでも。」
「か、からかうなっ!!」
「べつに、からかっちゃいない。たんなる好奇心ってやつだ。」
「あっそう。それより、いつまで乗っかってンだ。重たいから早くどけよ!」
「どいて欲しけりゃ、押しのけてみろ。」
「このっ、バカにしやがって、」
胴体にまたがるウルは、人型から本来の姿に戻ると、ピョンッと木の枝に登る。パッと見は野生のオオカミと変わらないウルだが、コスモポリテスには生息しない人狼という種族である。ウルは、高いところから遠くを見つめることが多い。リゼルは地面に落ちた小刀を拾いながら、ぽつりと訊ねた。
「おまえ、家族とか群れとか、どうしたんだよ?」
木の枝から飛び降りてきたウルは、フイッと顔を背けた。水を飲むため川のほうへ歩きだす。リゼルも少し離れてついていく。ウルは時々、ひどく寂しげな表情をしていたが、リゼルの視線に気づくと笑みをつくって見せるため、いまいち本心が読めなかった。
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