恭介の受難と異世界の住人

第182話

　ひとりきりで過ごすシリルの耳に、第三者の足音が聞こえた。寝床ねどこで丸くなっていたシリルは、むくっと起きあがる。

「この匂い……、真神オオカミ？」

　一匹の野生動物が洞窟に近づいてくる。これといって殺気を感じないため、シリルはゼニスが立てた柵のところまで歩いていった。すると、片方の前脚まえあしを負傷した焦茶色こげちゃいろのオオカミが洞窟の前をうろうろしていた。イヌ科の亜種であるため、肉食で大型につき、うかつに手をだしては危険な動物である。シリルの前に現れたオオカミの体長は130センチほどで、匂いから雄オスだと判断できた。

「おまえ、ひとりきりなのかい？」

　オオカミはふつう、数匹の群れで大陸を移動し、仲間と協力し合ってシカなどを襲うことで知られている。また、群れには厳格な階級順位があり、最も強いオスが上位につき、ほかのメンバーは立場が低い。稀まれに、狩った獲物えものにありつけず、群れを離れて孤立するオオカミが存在した。

「……けがをしてるの？」

　そのオオカミは黒い眼でシリルを見つめると、悲しげにクーンと鳴いた。前脚を気にする素振そぶりをするため、シリルは少しだけ迷ったが、柵を越えてオオカミのいるところまで近づいた。
「ちょっとぼくに見せてくれる？　痛かったらごめんね。」
　シリルはオオカミの正面にしゃがみ込むと、軽く右脚へ触ふれた。これといって外傷がいしょうはなく、どこも出血していない。だが、オオカミは鼻をブルブルと慄ふるわせて、はっきり痛がっていた。

「う～ん。これって、もしかして骨折しているのかなぁ。ゼニスがいたら、きっと、ちゃんと診てあげられたのにな……、」

　どの道、シリルにできることは少ない。ひとまず、オオカミの反応がおとなしいため、柵の内側に案内しても大丈夫そうだった。

「こっちへおいで。ゆっくりでいいよ。ゼニスとリゼルが帰ってくるまで、ぼくがキミのお世話をしてあげる。」

　シリルの言葉をどこまで理解しているのか不明だが、オオカミは片足を浮かせながらトボトボと洞窟の中にはいった。シリルが頭を撫なでても、とくに牙を立てる気配はない。健康面もひどく弱っていた。そこでシリルは、ゼニスが狩猟して獲えた貴重な肉と水を分けることにした。

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