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第172話〈今、大事なこと〉
しおりを挟むシリルによれば、獣人の発育段階は生後8ヵ月で、人間の14歳ていどの骨格と知力を持つという。その後の成長には個人差があり、わずか数年で成獣になる場合もあれば、両性具有ほどではないが、ゆっくり年齢をとる種族らしい。リゼルの成長が速いほうにあたるのは一目瞭然で、また、長身であるゼニスの遺伝子を引き継いでいた。生後3ヵ月になると、目の高さはシリルの首筋にまで達した。
「父さん、きょうも稽古するの?」
リゼルの言動は、だいぶ大人びてきた。手作りの木刀を両手に持ち、空を切ってみせる。傭兵として戦地を渡り歩いた過去をもつゼニスは、リゼルに実践的な訓練を始めていた。
「ああ。やるぞ。きょうはこいつを使え。」
ゼニスから剣を差し出されたリゼルは、「え?」と素直に驚いた。
「父さん、でも、これは……、」
「相手を傷つけずに制する戦い方もある。それを今から教えてやろう。……おまえには、あらゆる局面を切り抜ける術を身につけてもらいたい。」
「父さんの口ぶりだと、まるで、これから戦が起こるみたい……。」
「いつ、いかなる場合でも、己の力量を過信してはならんぞ、リゼル。」
人間という種族は、固有の思い込みをもつ生き物である。ひとつは、個人の狭い事情によって生じる偏見だ。とくに、権力に背く者は、排他的に扱われやすい。ゼニスは、世の中の在り方をそれとなく語り、リゼルに生命の活動を維持するために必要な知恵と戦術を体得させる責任と義務を果たすべく、日々、さまざまな事柄を問いかけた。
「自らの生存の確保を目的とするならば、刃を振りおろせばいい。だが、相互に関係し合うとどうなるか、わかるか、」
「……誰もが、敵とはかぎらない?」
「ああ。リゼル、おまえは賢い。ときには、武器を放棄する勇気をもて。なにもかも、奪い合う状態にするな。強く生きていけるかどうかは、結果を選択する意志の力だ。」
「はい、父さん。」
「よし。かかって来い。」
「行きます!」
地面を蹴って向かってくるリゼルは、やがて、ゼニスとシリルの元を離れる運命にある。ひとりでも逞しく生きていけるよう、ゼニスの指導は次第に手厳しくなってゆく。
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