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第156話
しおりを挟む「わっ、うわっ、わぁっ!?」
「シリル、下を見るな。急ぐ必要もない。ゆっくりでいい。」
「う、うん。……ここ、高いね!」
ゼニスとシリルは、アカデメイア川を北緯へと下るうち、断崖絶壁に出喰わした。足場は極めて悪いが、進行は可能と判断し、壁に張りついて移動する。いつの間にか眼下を流れるアカデメイア川は小さくなり、地上数十メートルの場所を横歩きで進んでいた。
「おれたちが向かっている場所は、手つかずの大自然だからな。こんなものじゃないかも知れん。」
「はぁ~、なんだかドキドキするね!」
「怖いか?」
「全然! 冒険者になったみたいで楽しいよ!」
「……そうか。」
ふたりだけの理想郷は、まだ見つかっていない。ゼニスが自然領域へ向かう最大の目的は、シリルとの生殖行為を実行するためである。遠い約束を実現させるため、なんとしても、シリルが女体化する前にたどり着く必要があった。とはいえ、無理をさせて体調に異常を来しては本末転倒につき、ゼニスは、相手の調子を気にかけながら進行した。
「……シリル、大丈夫か。」
「ほえ? なにが?」
「どこかに異変を感じたら、すぐに知らせろよ。」
「うん。わかった。」
さいわい、シリルは元気そのもので、2回目の野宿も無事に終えていた。これまでの生活を捨て、互いに北緯へと歩を進めること3日目のことである。少し開けた岩場に到着したふたりは、休憩することにした。ゼニスから竹筒を受け取ったシリルは水分補給をしたあと、首を傾げた。
「ゼニスの顔、濃くなったみたい。」
「なんだよ、いきなり。」
「だって、髭がのびてる。」
「そりゃ、2日も手入れをしてないからな。」
「触ってもいい?」
そう云うなり、シリルが膝を寄せてくる。ゼニスは岩壁を背にして腰をおろしているため、後ろへは下がれなかった。細い指がのびてきて、そっと顎に触れる。ゼニスはシリルの手頸を捉えると、地面に引き倒して口唇を重ねた。
「……んっ!! ふぁっ、……んんっ、」
シリルは瞼をとじて、ゼニスの熱い口づけを受け入れた。
「……好き、ゼニスぅ、大好き……、」
首筋に抱きついてくるシリルを愛おしく感じるゼニスだが、カラダに触れるのをがまんした。こんな岩場で発情されては困る。十分な安全が確保されるまで、ゼニスは禁欲を強いられた。そうとはまるで意識に及ばないシリルは、うっとりとした表情で見つめてくる。
「……ゼニスぅ、ゼニスぅ。大好きだよ。ぼく、ゼニスとまた旅ができて、すごく嬉しい。……ねぇ、もっと触っていいよ。エッチなゼニスも好きだから……、」
シリルがワンピースを脱ごうとすると、ゼニスから制された。
「おまえの気持ちなら、受け取っておく。きちんと応えてやるから安心しろ。だが、それは今じゃない。」
「……うん、わかった。ぼく、待つのは得意なんだ。……でも、もうすぐだよね?」
「ああ。あと少しだ。その時がくれば、おれはおまえと交接する。」
はっきりと生殖行為に対する意欲を告げられたシリルは、恥ずかしそうに目を細め、「えへへ」と笑った。数年前の出会いと別れ、此度の再会に感謝して、「ゼニス、ありがとう」と礼を述べる。
「……シリル、おまえは、」
ゼニスは何かを云いかけてやめ、口の端を浮かせる程度の笑みをつくった。声をたてて笑う性格ではないため、ふだんから無表情に近い。シリルは、そんなゼニスに見とれて無言になる。今や、ふたりを隔てるものは何もない。
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