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第155話
しおりを挟む自然領域へ向かうゼニスの意図は、単純に安全性を優先しての決断である。早かれ遅かれ、シリルとは生殖行為に及ぶ必要があるため、周囲に気取られない場所が望ましかった。
なにしろ、人間と獣人が交わるなど、前代未聞すぎる事態である。行為の最中になにが起こるか想像できないため、しばらくの間、ゼニスはシリルとふたりきりで生活する覚悟を決めた。さらに、人気はなくても水や食料を調達でき、何事もなくシリルが妊娠し、出産までを見届けるとすれば、北緯の大地しか選択肢はなかった。事前に調べた結果、コスモポリスの領地に変わりはないが、数百年前から手つかずの自然界であることが判明した。つまり、いちばん注意が必要なのは、人間ではなく棲息する野生動物である。
発情した際にシリルが放つ活性物質は、生理的な興奮作用を刺激するため、野生動物の雄が反応する恐れがある。ゼニスは誰にも邪魔されず生殖行為に集中できる空間を確保しなければ、背後が安全とはいえない。まさに、命懸けの性交渉だった。
アカデメイア川に沿って歩くふたりは、互いの歩調を意識して、いくらか速度が落ちていた。予定より進行が遅れている点が気になったゼニスは、野宿ができそうな場所を目で探した。
「ゼニス、ゼニス。」
「なんだ?」
「ぼく、おなかが減った。」
ふたりは、かれこれ半日ほど歩き続けていた。西に傾いた太陽は、沈みかけている。ゼニスは竹筒に川の水を汲むと、雑草が茂るほうへ歩いてゆく。シリルは裸足であるため、ゼニスは小石を見つけては爪先で横に蹴った。
「この辺りならいいか……。」
「ゼニス、今夜は野宿するの?」
「ああ。寒くないか。」
「うん、大丈夫。」
川を泳いで渡ったシリルだが、ワンピースは殆ど乾いている。だが、ゼニスと向かい合って座ると、いきなりべろんと捲りあげた。
「ゼニス、見て見て。ほら、ぼくのここ、ちゃんと成獣になってるでしょう! どうかな!?」
シリルは下半身を指さして、嬉しそうに感想を求めた。どうかと訊かれても返す言葉などないゼニスは、荷物の中をあさり、非常食の干した果物とビスケットを取り出した。下半身を覆うはずの性毛は細く薄いため、シリルの男性器は完全には隠されておらず、ゼニスの目にとまる。
「いただきまーす!」
食べ物を受け取ったシリルは、ぱくぱくと口へ運び、満足したあとは草の上で丸くなる。ゼニスはシリルの隣へ移動すると、なるべく寄り添うかたちで腰をおろした。いっぽうシリルは、早くも「くぅ、くぅ」と寝息を立てている。成獣になったとはいえ、シリルのふるまいは相変わらず大きな動物のようだった。
「……このおれが、おまえと子づくりをすることになるとはな。」
数年前、傭兵を生業としていたゼニスと、獣王子のシリルは、オルグロストで運命的な出会いを遂げた。ふたりの行く末には大きな試練が待ち受けていたが、その困難は絶対に乗り越えなければならないものだった。
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