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第123話
しおりを挟むルシオンが戻ってきた時、時刻は夜6時を過ぎていた。恭介は洗濯がすんで乾いた内官布に着替えをすませており、帰る仕度を整えていた。
「なぜ、口をつけなかった?」
円卓に置いてある食器を目にとめ、ルシオンが訊ねる。昼と夕刻に運ばれてきた膳に、恭介は手をだしていない。勉強に集中していたという口実もあるが、単純に、毒や異物混入の線を疑った。個人的な疑念をどう切り出すべきか、返答に悩んだ。恭介は、ことごとくルシオンの厚意を受け取らなかったことになる。
「すみません。ちょっと食欲がなくて……、」
「そうか。キミは見かけによらず少食だったのかな。肉類は口に合わなかったようだね。」
ルシオンは冷めた料理を一瞥する。その中に見覚えのない茶器があるため、「ああ」と云って、何が起きたのか承知した。
「なるほど。そういうことか。」
ルシオンはクスッと笑う。恭介は下手な言及をされては面倒だとばかり(実際、早く帰りたい)、説明を省き、さっさと扉に向かった。
「たいへんお世話になりました。」
礼儀として軽く頭をさげた。ルシオンは立ち位置から動かず、スッと人差し指で進行方向を示す。
「寝間をでたら右に行け。2つ目の階段をおりて正面の玄関から出なさい。門番には話してある。庭を抜けて見えてくる扉を開けると通路があるから、道なりに歩くといい。キミの知った場所に出られるよ。」
「わかりました。」
恭介は静かに扉を閉め、少し離れた位置に控える女官に向かって「お邪魔しました」と声をかけて立ち去った。廊下は薄暗く、ひんやりと感じたが、恭介の気分は晴れ晴れとした。
(くぁ~っ、長い1日だったぜ。……肩凝ったし、腹減ったなぁ……)
スタスタと歩きながら、腹の虫がギュルギュル鳴る。むやみな緊張感から解放され、いつもの調子を取り戻した恭介は、云われとおり庭に出ると、一面に咲きほこる赤い花を目にした。
(うわ、すげぇ庭……。これって全部薔薇か?)
顔を近づけて見ると、甘い匂いがした。薔薇によく似た花が、隙間なく植えてある。細い通路を発見した恭介は、その先へ進んだ。ルシオンの住居に興味はないため背後は振り向かない。目の前に見えてきた扉から、さらに奥へ続く通路に歩を進める。これで最後と思われる扉を開けると、広い場所に出た。少し歩くと、すぐに現在地を把握した。
「コスモポリテス城の中庭じゃんか。」
ここは、ルシオンが管理する庭園のひとつである。側室が産んだ男士は別棟に住まう決まりがあるため、ルシオンと城内で顔を合わせる機会は殆どない。だが、ルシオンの住まいと王宮の中庭は、秘密の通路でつながっていた。
「……だからか。ジルヴァンと中庭で密会してたンだな。」
本来、ジルヴァンのほうが身分は高いが、中庭でのルシオンは気楽に過ごしていたにちがいない。❲第30話参照❳
恭介はジルヴァンの恋人である自覚を持っていたが、第6王子側としては情人あるいは愛人といった捉え方が正しい。堂々と付き合うことは不可能な立場につき、それは仕方のないジレンマだった。
(……ジルヴァン。早くまた、キミの顔が見てぇな)
恭介は次に会える日を待ち遠しく思いつつ、中庭を横切った。
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