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第101話
しおりを挟むコスモポリテス城の敷地に建つ東棟の執務室が、恭介の職場である。やる気のないアミィはともかく、現在は3人体制で稼動していた。
「キョースケさん。こちらなんですが、記入漏れがあります。」
そう云って伝票を差しだす少年に、長机で肩を並べて作業する恭介は、「不備があるやつは、そっちの箱に分けといてくれ」と答える。互いに同じデザインの内官布を着ていたが、少年は恭介の後輩にあたる存在だ。名を、ユスラ=ゾーイ=クィンシーズと云って、第6王子が忙しい恭介のため、どこからか引き抜いてきた即戦力の新人である。
数日前、ジルはユスラを連れて執務室へ突然やって来た。
「たのもう!」
なにやら道場破りのごとく、バァンッと勢いよく扉をひらいたジルは、ちょうど目の前に立っていた恭介を見るなり、にやり、と笑った。
「ジルヴァンじゃないか。どうしたよ。」
「まぁっ、ジル様! なぁに、どうしたの~?」
アミィは検収印を捺す手を休め、恭介の脇まで駆けてきた。すると、ジルの背後に隠れていた少年の存在に気づき、首を傾げた。
「その子は、だぁれ?」
アミィから指を差された少年は、ヒョコッと顔をだして、ぺこりと軽く頭をさげた。
「こやつは“ユスラ”といって、きょうから執務室で働くことになった事務内官だ。まだ新人ゆえ、キョースケよ、指導は任せたぞ。」
「あ、ああ。それは全然かまわないけど……、」
ジルと顔を合わせるのは数十日ぶりにつき、恭介の反応は鈍くなる。微かに、心拍数も上昇した。
(……元気そうだな、ジルヴァン。……こうやって会話するの、何日ぶりだろう。アルミナ自治領から戻って以来だな。……キスしてぇな)
恭介はジルの口唇ばかり見つめていたが、ユスラ少年は礼儀正しく挨拶をした。
「初めまして。アミィさんと、キョースケさんですね。ジル様からお話は聞いています。ぼくは、ユスラと申します。なんでもやりますので、遠慮なく云いつけてください。」
「うむ。ユスラよ。なかなか良い意気込みである。おぬしを紹介した吾も鼻が高いぞ。」
第6王子にグイグイ背中を押されたユスラは、前のめりにふらついた。用事を済ませたジルヴァンは「ではな」と踵を返す。恭介は呼びとめたい気持ちになるが、ユスラは、すっと右手をあげてきた。
(うん? なんだ? 握手か……?)
条件反射で利き手を差しだすと、ユスラの視線が手許へ落ちた。場の流れで握手をすると、カチンッと金属音が鳴った。見れば、ユスラは人差し指に黄金の輪具を嵌めている。恭介の黒翡翠のように、きらりと輝っていた。
「……キミは、……もしかして、」
思わず恭介が口ごもると、ふたりの手許をのぞき込んだアミィが、「あら!?」と短く叫んだ。
「いや~ん、ユスラちゃんったら、つまり、そーゆーことなのね~? キョウくんとおそろいじゃないの~。」
(いきなり“ちゃん”呼びかよ……)
恭介は内心突っ込みつつ、改めて少年を見おろした。ややタレ目で、肌艶もハリがあり、若々しい容貌をしている。髪と眼は薄墨色である。ユスラは、まだ未成年であることを自ら告げると、恭介の顔を見据えた。
「お察しのとおり、ぼくは情人です。相手は第4王子レ・シグルト様です。」
輪具の意味を知る恭介とアミィは、同時に、「やっぱり」「やっぱりね~」と云って頷いた。ユスラは少し困惑の表情を浮かべながら、無理して笑う。
(なんか不自然だな……?)
恭介は、少年の笑顔に違和感を憶えたが、仕事の説明をするため室内へ迎え入れた。ユスラは、きちんと恭介の声に耳を傾けていたが、時折、左手の指で右手の輪具を掻きむしるような仕草をする。恭介は一瞬、金属アレルギーなのかと思ったが、少年は両耳にも黄金で作られた丸いイヤリングをつけていた。
王族が個人的な感情を寄せる相手は“情人”と呼ばれ、王様と王妃に立場を公認される必要があった。ユスラは情人の証である輪具を嵌めているため、すでに第4王子と親密な関係にあると思われた。恭介もまた、ジルヴァンとの共寝を控える身につき、訊いてみたいことは山ほどあった。
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