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第 93 話
しおりを挟むシリルは獣王子の務めで、遺跡を訪ねた。濃緑の葉を繁らせた樹木が、迷路のように行手を阻み、足許には遺跡以外では見られない草花が群生していた。
獣人族の村から数十キロほど東緯にある遺跡には、半年に1度ひとりで足を運ばなければならない。それは獣人の獣王子として産まれたシリルの役目というよりは、両性具有だからこそ獣王によってあたえられた、特殊な任務だった。
「みんな、元気かな。」
シリルは迷うことなく遺跡の奥へ歩いてゆくが、ふと、人間の気配を察知して立ちどまった。
「そこにいるの、誰……?」
ひときわ大きな樹木の裏側に、ふたりの男女が隠れていた。
「この場所は立ち入り禁止だよ。どうして人間がいるの?」
シリルが近づくと、若い男女は怯えるように寄り添い、見れば、女性のほうは腹部が丸みをおびていた。
「……そのひと、ひょっとして、妊娠してるの?」
シリルが女性の腹部を指さすと、男性のほうは、いきなりガバッと土下座した。
「た、たのむから、見逃してくれ!! 身重の妻は何も悪くないんだ!!」
「……あ、あなた、」
「たのむ、たのむ。どうか、ここで見たことは誰にも云わないでくれ。」
必死に訴える男性に、シリルは「うん、いいよぉ」と気楽な返事をする。
「あっ、ありがとうございます!!」
「あぁっ、感謝します!」
男女から深々と頭をさげられたシリルは、ふたりの前にちょこんとしゃがみ込んだ。
「ねぇねぇ、おねえさん。」
「は、はい、なんでしょう……、」
「おねえさんは、この男の赤ちゃんを産むの?」
シリルは、男女を交互に見て云う。若いふたりはほんの少し恥じらいながら、同時に頷いた。
「それじゃあ、ふたりは交接したンだね。ねぇ、それって、どんな感じなの?」
「え……? ど、どんな……ですか……、」
シリルは興味津々とばかり、女性の顔を見つめるが、寝台の上で愛し合うようすを訊ねられたふたりは、困惑の表情を浮かべた。受け身のシリルにとって、生殖行為はいつかゼニスと経験する事柄につき、女性側の立場が気になった。
やや不躾な質問であるため、女性は返答に悩んだが、やがて、小さな声でつぶやいた。
「とても感動しました。」
「感動?」
「はい。あぁ、わたしたちは今、この世で唯一の幸福を手に入れるため、誰からも祝福されなくても、互いに支え合い、ひとつになることを望み、ふたりだけの夢を実現している。そう、感じていました……。」
「へぇ~、そうなんだ。」
「……はい。」
シリルは立ちあがると、遠くへ視線を向けた。
「ここに来たことは内緒にしてあげるけど、あんまり奥まで行かないほうがいいよ。迷ったら、かんたんには出られなくなっちゃうし、あの子たちに怒られるかも知れない。」
「あの子たち……?」
「うん。この先には、小さな子どもがたくさんいるんだ。みんな、人間はきらいだから……。」
「……も、もしや、キミは獣人なのか?」
と、男が訊く。シリルは「うん」と云って、くすッと笑う。
「ぼくは、人間が嫌いじゃないから安心していいよ。おねえさんを大事にしてあげてね。元気な赤ちゃんが産まれますように。それじゃあ、さよなら!!」
シリルはその場を離れて走りだす。男女が何かをしゃべっていたが、振り向くことはしなかった。足首に絡まってくる蔦を気にもせず疾走した。
「えへへ~。ぼくもゼニスと交接したら、あんなふうに、おなかに赤ちゃんができるんだよね! ぼくも、早く、この世で唯一の幸福を手に入れたいなぁ。そうだ! 村に帰る前に監視塔に寄ろうっと。ゼニスの顔が見たくなっちゃった。……元気にしてるかなぁ、ゼニスぅ。」
シリルが遺跡の奥地にたどり着くと、雌性器官のにおいに釣られたチビッ子たちが、どこからともなく顔をだし、わらわらと寄ってきた。
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