79 / 364
第 78 話
しおりを挟むゼニスの聴覚は、異常な発達を遂げていた。それと気づいた時には後の始末で、罪悪感に捉われた。村落の獣人たちは、滅多にない宴会の席に夢中になりすぎて、兵士の軍勢が迫りくる足音を聞き逃していた。ふだんから人間と接点を持たない彼等は、油断していたとも云える。村落の危機を誰よりも早く察知したゼニスだが、耳障りな雑音が頭の芯にまで響くため、激しい頭痛とめまいがした。
泣きやまないシリルを肩からおろすと、衣服の袖を破いて両耳の穴に詰めた。それでも、シリルの泣き声が頭の中に響いてくる。〔第42話参照〕
「……シリル、落ちつけよ。ここまで来れば、誰も追ってはきやしない。」
「うえぇっ、ううっ、ゼニスぅ。みんなはどうしたの? なんでこんなことになったのぉ、」
ゼニスは息を切らせながら、項垂れて泣くシリルを気遣った。暗い山中をひたすら走り続けたが、方向が正しいかどうかは不明である。ゼニスが村落へ担ぎ込まれた際、重症を負って意識を失っていた。護衛獣いわく、コスモポリテスという国がどちらの方角に位置するのか未確認である。いったんどこかの町へ向かい、旅の準備を整える必要があった。オルグロストの大地へ足を運んだのは戦の動きをつかんでのことだったが、隣国のコスモポリテスについて、今のところ詳しい情報を持たないゼニスである。ただひとつ明白なのは、そこにはシリルの故郷があるという事実だった。
「……シリル、聞け。おれがおまえを無事に帰してやる。だから、もう泣くな。」
ゼニスは護衛獣の意志を尊重して、シリルを送り届ける決意を固めた。託された獣王子を守れるのは、もはやゼニスだけである。残念ながら、ふたりの護衛獣が追いついてくる気配はない。ゼニスは世話になった村落の方角へ頭をさげると、再びシリルを抱きあげた。太陽が昇るまでに、安全な町を探すため歩を進めるゼニスだが、実のところ、背中の傷は完治しておらず、ひどく疼いていた。そうとは知らないシリルは、自分で歩くこともできたが、ゼニスの片腕に身を委せていた。
「……ねぇ、ゼニス。……みんなはどうして切られちゃったの? なにか悪いことをしたのかな……。」
しばらく経つと、泣きやんだシリルは耳もとでつぶやいた。ゼニスは衣服を詰めて耳栓をしていたが、会話に支障はなかった。
「おれは、いくつかの国を渡り歩いてきたが、獣人が人間に危害を加えたという話を聞いたことがない。村落が襲撃された理由なら、獣人族が原因だったとは思えない。」
「それじゃあ、どうして?」
「無慈悲な輩がいるんだろうさ。獣人は迫害されて当然と考える連中が、政力を利用したのだろう。でなければ、重装備の兵士があれほど多人数で襲いにくるはずがない。」
「……なにそれ。よくわからないよ、」
「傲慢なのは、人間のほうってことだ。」
「ゼニスも、ごうまんなの?」
「たまにな。」
シリルの声は、いつもの調子を取り戻していた。ゼニスは内心ホッとしつつ、ひと晩かけて小さな町にたどり着いた。片田舎につき、宿屋は1軒しかなく、薄い木の板が張られただけの寝台は、ゼニスが横たわると壊れそうに見えた。宿泊料は低価格だが、粗末な内装に呆れもした。
シリルは体重が軽いため、寝台に腰をおろしても大丈夫そうである。もとより、寝台はひとつしか設置されておらず、ゼニスは床で眠ることにした。その前に食糧の調達は必須である。さいわい、ゼニスは腰巻きの内側に小銭入れを身につけていた。これまで腕1本で稼いできた金銭を、充分に持ち合わせている。
「どこ行くの?」
部屋から出ようとするゼニスを、シリルが引き止めた。袖をぎゅっと掴まれたゼニスは、「心配するな」と云って薄く笑う。
「すぐに戻るから、おまえはここで待っていろ。」
シリルは「早く戻ってきてね」と返して、ゼニスの背中を見送った。その後、おなかのあたりに手を添えると、咽喉を慄わせた。ゼニスの温もりを体内が欲している。シリルにとってゼニスは、生殖行為をするにふさわしい雄であり、両性具有としての雌性器官は、ゆるやかに成熟しつつあった。
* * * * * *
10
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
【BL:R18】旦那さまに愛育調教されるオトコ妻
時枝蓮夜
BL
この世界には完全な男性1:完全な女性0.4:不完全男性0.5の割合で生まれてくる。
ぼくは不完全な男、12歳から15歳で肉体的な成長が止まり、生殖能力もない不完全男性として生まれた。
不完全男性は数の足りない女性の代用として、完全な男性の内縁のオトコ妻になる事ができる。
○
ぼくは14歳になる直前に旦那さまに見初められた。
そして15歳の春、スクールの卒業と同時に旦那さまに娶られ、オトコ妻となりました。
○
旦那さまに娶られ、オトコ妻となりましたので旦那さま好みのオトコ妻となるべく愛育調教が始まりました。
○
旦那さまのお気に召すまま、ぼくを旦那さま好みに調教して下さいませ。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる