恭介の受難と異世界の住人

第 75 話

　どういうわけか、シリルに好きだと告白されたゼニスだが、相手は見るからに幼おさない少年につき、一時いっときの気の迷いではないかと解釈した。ぷくっと頬を膨らませるシリルを見おろすと、わざと、、、素っ気ない態度をとった。

「おまえ、何云いってんだ？　おれがどんな人間なのか知りもしないクセに、適当なこと云うなよ。だいたい、男に興味はない。」
　まっとうな意見を述べたつもりだが、なぜかシリルの表情は、パッと明るくなった。
「それなら、大丈夫！　ぼくはゼニスとだって、ちゃんと夫婦ふうふになれるんだ。」
　理解に苦しむ回答である。ゼニスの頭はズキズキと痛くなるが、冷静に対処した。

「おまえのその感情は、まちがってると思うぜ。まだ間に合うから訂正ていせいしろ。」
「ちがわないもん。まちがってるのはゼニスのほうだもの。」
「どこがだよ。」
「全部だよ。ぼくはゼニスじゃなきゃ絶対にいやだ！」
「なんの話だ。」
「ぼくは成獣おとなになったら、ゼニスと交尾こうびするって決めたんだ。」
「交尾だと？　おまえ、まさか“獣人けひと”なのか？」
「そうだよ。ぼくはコスモポリテスの獣王子おうじだ。ひざまずけ！」

　いきなり予想外の展開につき、ゼニスは云われたとおり片膝をついた。温暖な気候を好このむ獣人は、ゼニスの寒冷国じもとには棲みついておらず、こうして間近まじかで接点を持つ機会は初めての経験だった。しかも、獣王子、、、とは、甚はなはだしい状況である。だが、シリルが獣人であれば、戦場で６人の兵士を武器もなしに倒した事実に合点がいく。ゼニスは形式的に頭をさげたものの、シリルからすぐに立つよう命めいじられた。
「おまえみたいな少年ガキが、獣人だったとはな。驚いたぜ。」
　ゼニスは少々、粗野そやな口をきく。シリルが獣王子だと判明しても、平然とした態度を崩くずさなかった。
　シリルの容姿はふつうの人間だが、裸身はだかを見られても、まったく気にしない素振そぶりにも納得した。とはいえ、ゼニスは獣人族の村で手当てを受けたことになる。その見返り、、、に腕の１本でも寄越よこせと云われた場合、どうするべきか考えた。獣人族について正確な知識を持たないゼニスは、場違ばちがいな村落ところに連れてこられたと思った。さいわい、シリルは“ちまっ”とした体形につき、振り切って逃走する自信はある。たとえ本来の運動能力を発揮されたとしても、ゼニスには戦術的な頭脳があった。どんな状況下でも、冷静な判断力は武器より勝まさる盾たてとなる。

「ゼニス～。ゼニスぅ～。」　

　なんの緊張感もない声音でシリルに名前を連呼されたゼニスは、思わず眉をひそめた。しかも、胴体に、ぎゅっと、抱きつかれる始末である。妙になつかれて、、、、、いたが、シリルの発言はどれも悩ましく、成立するはずもなかった。獣人と交尾、、をする気はないし、夫婦になるつもりもない。シリルは、自身が両性具有であることを打ち明け忘れていた。
「……ゼニス、ケガしたところ、もう平気なの？　痛くない？」
　そう云って、シリルが首をのばしてくる。互いの口唇くちびるが触ふれそうになるため、ゼニスは顔を横ヘ逸そらした。
「ゼニス、もう倒れたりしないよね？」
　心配そうな声で訊きかれ、「ああ」とだけ、こたえておく。シリルを庇かばい深傷ふかでを負ったゼニスだが、意味不明な応急処置はともかく、なんとか大事に至らずに済んだ。
「……ありがとよ。」
　遅ればせながら礼を述べると、シリルは爪先立つまさきだちをしてゼニスの右頬みぎほほへチュッとキスをする。
「……おい。いい加減に離れろ。」
「なんで？」
「疲れてるから、少し休みたい。」
「うん、わかった。ぼくも一緒に休む。」
　シリルはその場で、ころん、、、と丸くなる。ゼニスは剣つるぎを取りに寝床まで戻りたかったが、全裸のシリルを置いていくわけにもいかず、草原に腰をおろした。そよそよと、生温なまぬるい風が吹いている。ゼニスは腰巻きベルトの内側から、役場で発行された傭兵団の切符きっぷを抜き取った。自身の血液でべっとり汚れており、反乱軍に加勢したという印字は読めなくなっている。北の荒れ地では現在も相反あいはんする勢力が刃やいばを交まじえていたが、勝敗に係かかわらず、今さら駆けつけるつもりはない。地面に穴を掘り、有効性を失った切符を埋めると、シリルの傍かたわらに寝そべって瞼をとじ、傷ついたカラダを癒やした。

　その頃、オルグロストでは人権問題が深刻化しており、内乱に乗じょうじて人外じんがいを排除しようとする部隊が、獣人族の村落へ密ひそかに進軍を開始した。

　　　　　＊　＊　＊　＊　＊　＊