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第 69 話
しおりを挟む恭介と老人は、ハニワ亭を出たところで挨拶をして別れた。腕時計で時刻を確認すると午後2時を過ぎていたが、無一文につき、昼飯はあきらめた。さいわい、老人から珈琲1杯と口直しの砂糖菓子をおごってもらえたので、空腹というわけでもない。ひとまず、王立図書館へ戻り、受付で長財布の落とし物がないか訊ねた。そこで、奇蹟と呼べる出来事が起きた。本棚のあいだに落ちていたらしく、見つけた利用客が司書に報せてくれたが、やはり、中身は抜き取られていた。
(……まぁ、でも、ザイールに今月の生活費は渡してあるし、オレが食費を節約すれば、次の給料日まで、なんとか間に合うだろ……)
恭介は空っぽになった長財布を受け取ると、一張羅の帯へ差し込んだ。運賃がかかる荷馬車は利用できないため、徒歩で帰路につくしかない。住居までの距離は遠かったが、何回も通った道につき、迷う心配はなかった。
(……あそこの角を曲がると、チンチン人形専門店があるんだよな)
2週間ほど前、ザイールと共に足を運んだ場所を思いだしながら、順調に先へ進んでゆくと、いかめしい体躯の中年男に声をかけられた。
「そこの兄サン、ちょっといいかい?」
(うん? オレのことか?)
立ちどまって振り向くと、強面の中年男に、ポンポンと軽く肩を叩かれた。しかも、口臭がキツイ。恭介は無意識に顔をしかめたが、男は路地裏を指で示してニヤニヤ笑う。
「ちょうど、物を手に入れたところで、今なら新鮮だぜ。」
(ブツ? 新鮮ってなにが?)
「へへっ、兄サン、近くで見ると、いい面構えしてんな。まけてやるから一発抜いてイキなよ。なぁ?」
路地から、ちらッと顔を出す人物がいる。頭から白い布を被り、目許まで隠していた。
(あれって……、まさか、娼婦とかじゃないよな?)
布地の皺を見るかぎり、人影は女性的な体形をしている。昼間から身売りの客引きに遭う恭介だが、強引な勧誘を断る理由があるため、中年男の手を振り払った。
「悪いけど、オレは今、金銭を持ってないンだ。商売するなら他を当たってくれ。」
長財布をひらいて見せると、中年男は「なんでぇ、貧乏人かぁ!」と大声をあげ、さらに「ケッ」と云って口唇を尖らせると、ズカズカと大股で路地まで引き返した。不愉快な気分にされた恭介だが、頭から白い布を被った女性に、ほんの少し同情した。
(……今のって、売春行為だよな。……コスモポリテスの治安は悪くなさそうだけど、やっぱり、裏では違法な売買で稼ぐ連中が存在してるのか。……くそ、まだ日が高いってのに物騒だな。……早く帰ろう)
王宮関係者の住居で暮らす恭介は、世間の非常識に無頓着で、いくらか平和ボケをしているフシがある。たった今、どこかの国で内乱が起きたとしても、その火の粉で火傷を負うとまでは考えない。しかし、コスモポリテスの城下町は、夜になると野蛮な人種が集まってきて、怪しげなやりとりをしている。恭介は寄り道をせず、速歩で帰宅した。
コスモポリテスの大地に隣接する周辺国は、全部で4つあり、それぞれが独自の文化で栄え、めざましい発展を遂げていた。❲第36話参照❳
人種の血筋や、生活環境は異なるが、言語は共通である。とはいえ、外界には日本語が通じない諸国もあり、コスモポリテスからみて東緯には砂漠の国が、南緯には常夏の島国があった。その他、海底火山の噴火によって隆起した大地など、地図には記載されていない新しい陸地も多かった。
* * * * * *
次回予告→ゼニス編
それ以降→シリル編
しばらく恭介の出番はお休みです。
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