恭介の受難と異世界の住人

み馬

文字の大きさ
上 下
67 / 364

第 66 話

しおりを挟む

 悲しいぜ。と、恭介は思った。3度目の正直しょうじきとばかり、王立図書館へ向かうため、お馴染なじみの荷馬車にばしゃにガタゴトと揺られながら、今朝けさの出来事を思い返す。

 酒に酔ったザイールはキス魔と変わり果て、恭介の口唇くちびるを奪った挙句あげく、自己満足を得られた瞬間、ぷつりと意識は途絶とだえ、スヤスヤと眠り込んだ。あまりの出来事に、恭介自身もしばらく茫然とした。気を取り直してから、ザイールを抱きあげて寝室まで運ぶと、一張羅いっちょうらに着替えた。翌日よくじつ、アミィの配慮で仕事休みをもらっていた恭介は、再び返却期限が迫る書物の延長手続きをするため、王立図書館へ向かうことにした。バッグの中に必要最低限の荷物を詰めていると、寝室からザイールが顔をだした。
「おはようございます。」
 と、至ってふつうに挨拶を寄越よこすため、恭介も下手に動揺せず会話した。
「おはよう。オレは仕事が休みになったから、また王立図書館へ行ってくるけど、夕方までには帰るよ。」
「そうですか。わかりました。気をつけていってらっしゃいませ。」
「ああ。」
 ザイールは、ふらふらと歩き、顔を洗うと寝室に戻った。ふたりの日常会話はそれほど多くはないが、「おはよう」「行ってきます」「おやすみ」などの挨拶用語は、ほぼ毎日のようにわしている。ザイールは平然としているため、やはり、キスのことはおぼえていないようだった。恭介に、ちゃっかり告白したことも忘れていた。

(いや、あれは絶対に譫言うわごとだろ。……ザイールがオレを好きだなんて、あるわけがない。ないナイ。……ない、よな?)
 ガタンッと荷馬車が大きく揺れると、右隣みぎどなりに座っていた利用客と肩がぶつかった。
「すみません。」
 と詫びてくるため、恭介も「こっちこそ」と返した。王立図書館まで荷馬車で向かうとなると運賃が高いため、少し手前の中央広場で下車げしゃした。
(……こうして改めて見ると、何もかも、なつかしいな)
 中央広場には、バシャバシャと水の噴きだす装置や、木製のベンチが設置されている。〔第8話参照〕
(……そうだ、オレはあそこの噴水ふんすいで顔を洗って、ベンチに腰かけて、そこから、シリルくんを見ていたンだっけ)
 コスモポリテスでの生活は、慌ただしく過ぎてゆく。置かれた身の上に慣れてきたとはいえ、変わらない景色がある限り、思い出も色褪いろあせず、初心を忘れることはない。
(……シリルくん、ゼニスさん。やっぱり、会いたいぜ。今すぐにでも、会って話がしたい……)
 彼等かれらに胸を張って再会できるよう、おのれが進む道をまちがえてはならない。ゆえに、恭介は事務内官としての責任を、誰よりも強く感じていた。
(オレなんか無趣味だし、現代じゃ友達も少なかったし、どこにいても人並ひとなみていどの生き方しかできないと思ってたけど、今では、王国の執務室に勤務してるンだぜ。よくよく考えると、すごいことだよな。……ジルヴァンの情人イロに選ばれてなかったら、今ごろ、この町のどこかで働いていたンだろうか……)
 広場の周辺には、個人経営の商店みせが立ち並んでいる。活気にあふれた町は、朝から晩まで交通量も多かった。恭介は、にぎわう人々のれを横目に歩きだす。

「もういちど、同じ書物ほんを借りていきます。」
 王立図書館の受付で、世界史を返却した恭介は、2度目の賃借レンタル手続きをすませると、館内を見てまわることにした。
(ここに来るのは3度目だし、やっとゆっくりできそうだな……)
 基本的に、恭介は単独行動をこのむ性格につき、きょうばかりは、自由に動きまわることができた。受付近くの壁に案内図が貼りだされていたので、じっくりながめていると、背後から「ねぇねぇ、あれって黒髪じゃない?」「え~、染めてるだけでしょ」と云う、ヒソヒソ話が聞こえてきた。
(……そりゃ、横髪を茶色くしただけじゃ、だまされない人間だっているよな)
 そう思いつつ、案内図で本棚の位置を確認した。

 恭介が足を運んだ一角いっかくは、獣人族けひとぞくに関する書物が並ぶ棚である。コスモポリテス王国の構築に深く由縁ゆえんする獣人だが、恭介はシリル以外との面識はなかった。あるいは、どこかで見かけても、それ、、見破みやぶれないのは、知識不足が原因だと思われた。彼等の生態を調べる理由は、単純に、興味本位だった。
(気にならないと云えば、嘘になるからな)
 読んでみたいと思う表題タイトルを見つけ、何冊か手に取った。受付で貸借レンタルすると、もう1時間ほど館内で過ごした。町に寄って買い物をしようと思ったが、一張羅いっちょうらおびにしまっていた長財布サイフがないことに気づいた。
(うん? なんでだ? さっきまでは、確かにあったのに……)
 荷馬車の運賃を払ったあと、どこかに落とした記憶はない。
(スリか!?)
 その可能性をうたがって顔をあげた先に、「何かお困りですか」とく、白髪しらがまじりの頭をした猫背な老人ブリューナクが立っていた。

      * * * * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

捜査員達は木馬の上で過敏な反応を見せる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...