59 / 364
第 58 話 〈その頃のはなし〉
しおりを挟む恭介と第6王子がアルミナ自治領へ訪問中のコスモポリテス城では、アミィがヒステリックになっていた。
「あ~も~っ、いや!! 毎日まいにち、こんなにたくさん! 手首が痛~い!」
「アミィ様、落ちついてください。」
「キィィィーッ!!」
執務室には、恭介と立ち位置を変えた若い女官がひとり残されており、事前に指示された仕事内容を担当している。アミィは、いつものごとく大量に持ち込まれる伝票へ検収印をバシバシ押していたが、やがて、長机の上に蓄積されていく紙の束を見て、げっそりと気力を失った。
「はあ~、今頃、キョウくんは贅沢三昧かしらぁ? いいわよね~。うらやましい~。あたしもアルミナに行ってみたかったわ~。」
そう云って大きなため息を吐くアミィに、女官が話を合わせる。
「そ、そうですね。アルミナは自然が豊かな土地ですし、夜は星空がきれいだと聞いています。」
「あら、まぁ、ステキじゃない。うふふ、それならジルさまとキョウくんは、雰囲気が味方してイチャイチャできるわね~。」
「イチャイチャ?」
「いやだわ、あたしったら。はしたな~い。」
アミィは、女人の口真似をする男である。甘いもの(間食)が大好きで、むっちりとした肉感の体形をしており、いくらか不必要な脂肪が目立つ。だからと云って、極端に太っているわけではない。三ツ編みにした長い髪を、背面に垂らしていた。ジルの側仕えを兼任していたが、用事を命じられてあちこち買い物に行くことがパターン化した行動となっている。ジルヴァンは他の王子と異なり、身のまわりの世話役を近くに置かないため、着替えや入浴は基本的にひとりですませていた。少なくとも、13歳の時に側女を遠ざけて恭介と出会うまでの間、素肌に触れてきた者は義兄くらいである。(医官による健康管理は手首からの脈診と問診のみ。)
「あぁ~、彼ったら、あそこまでジルさまに気に入られるなんて、たいしたものだわねぇ。長いこと寂しい思いをしていたジルさまに、やっと現れてくれた理想の男性だものね~。」
「イシカワさまのことでしたら、わたくしも同感です。」
「あら、そう?」
「はい。とても真面目で几帳面な方だとお見受けします。王子様は少々、気侭なところがありますので、性格的には真逆なおふたりですが、とてもお似合いです。」
「そうね、それは云えてるわね。ジルさまってば、ちょっとワガママな時があるのよねぇ。キョウくんも、ああ見えて圧しが強いから、仕事しろって詰め寄られた時は、どうしよ~!? って、思わずドキドキしちゃったわ。」〔第28話参照〕
アミィは恭介を高く評価して云ったつもりだが、女官は不安げな表情をして見せた。
「イシカワさまは、このままで本当に大丈夫でしょうか……。」
「なぁに? なんのこと?」
「……そ、その、共寝の件です。」
「あらん、いやだ~。そっちの話? もう何度かはしててもおかしくないわねぇ。」
「それが、まだのようすなのです。」
「えっ?」
「イシカワさまが王宮関係者専用の出入口を使用されたのは、アルミナへ出発される前日だけみたいで……、」
「と云うことは、つまり、その時が初夜だったのね!?」
「いえ、イシカワさまは、わずか数十分でお戻りになられたので、おそらく、王子様とは何もなかったと思われます。」❲第50話参照❳
「きゃーっ、なによそれ! ジルさまってばあんなに惚れ込んでるくせに、キョウくんを放置してるってこと!? いや~ん、意気地なしぃ。」
恭介とジルヴァンが不在につき、ふたりの閨事で会話が盛りあがるアミィと女官の手は、すっかり止まっていた。
同日の夕刻、神殿をあとにしたザイールは、あらかじめ用意した着替えを脇に抱え、城内にある共同浴場へ向かった。脱衣所に着くと、先客に声をかけられた。
「おぅ、神官殿か。お疲れさん。」
「武官殿……、こんばんは。」
ボルグは素っ裸で挨拶する。互いに王宮関係者の住居で暮らす身だが、直槍を扱う武官と、平和の祈りを捧げる神官とでは、職柄が正反対につき、親しみやすい関係ではなかった。
「そう云えば、最近あいつの姿を見かけないな。」
「キョースケさまのことでしたら、アルミナへ出張しています。」
「ほぅ、アルミナか! そいつはいい。あそこの果実酒は美味なんだ。土産を期待してるぞ~。」
ボルグの性格はのびのびとして豪快だが、いくらか神経質なザイールは、顔をしかめてしまった。
* * * * * *
1
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
マリッサの額にはうっすらと痣がある。
その痣のせいで姑に嫌われ、生まれた娘にも同じ痣があったことで「気味が悪い!不吉な子に違いない」と言われてしまう。
自分のことは我慢できるが娘を傷つけるのは許せない。そう思ったマリッサは離婚して家を出て、新たな出会いを得て幸せになるが……
前世は不遇な人生でしたが、転生した今世もどうやら不遇のようです。
八神 凪
ファンタジー
久我和人、35歳。
彼は凶悪事件に巻き込まれた家族の復讐のために10年の月日をそれだけに費やし、目標が達成されるが同時に命を失うこととなる。
しかし、その生きざまに興味を持った別の世界の神が和人の魂を拾い上げて告げる。
――君を僕の世界に送りたい。そしてその生きざまで僕を楽しませてくれないか、と。
その他色々な取引を経て、和人は二度目の生を異世界で受けることになるのだが……
【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後
綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、
「真実の愛に目覚めた」
と衝撃の告白をされる。
王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。
婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。
一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。
文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。
そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。
周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?
未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした
星ふくろう
恋愛
カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。
帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。
その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。
数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。
他の投稿サイトでも掲載しています。
【完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
私のバラ色ではない人生
野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。
だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。
そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。
ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。
だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、
既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。
ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
悪役に好かれていますがどうやって逃げれますか!?
菟圃(うさぎはたけ)
BL
「ネヴィ、どうして私から逃げるのですか?」
冷ややかながらも、熱がこもった瞳で僕を見つめる物語最大の悪役。
それに詰められる子悪党令息の僕。
なんでこんなことになったの!?
ーーーーーーーーーーー
前世で読んでいた恋愛小説【貴女の手を取るのは?】に登場していた子悪党令息ネヴィレント・ツェーリアに転生した僕。
子悪党令息なのに断罪は家での軟禁程度から死刑まで幅広い罰を受けるキャラに転生してしまった。
平凡な人生を生きるために奮闘した結果、あり得ない展開になっていき…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる