恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 51 話

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 恭介は詰衿つめえりの金具をめながら、軍服ぐんぷくみたいだなと思った。

 アルミナの領主りょうしゅが毎年もよおす舞踏会に名指なざしで招待された第6王子ジルヴァンは、木製の車輿こしに揺られて移動を開始した。ながえの先端には2匹のロバのような動物がいて、進行方向を指図さしずする力者ろくしゃ1人ひとりである。恭介は供人ともびとにつき、徒歩とほで続くのかと思いきや、ほかに雑用係として同行する女官にょかん3名と一緒に後方の馬車へ乗せてもらえた。前方で車輿を護衛する武官は、わずか2名である。
一国いっこくの王子が長旅ながたびをするってのに、ずいぶん軽装備だな……)
 馬車に屋根やねはなく、ジルが乗り込んだ車輿が見えている。箱形の囲いがあるため、中のようすまでは確認できない。コスモポリテスの王権あらそいに含まれない理由をもつ第6王子は、ふだんから内政には深く関与かんよしておらず、外交がいこううたげの席などに重用ちょうようされる立場だった。とはいえ、歴然たる国王の嫡出子むすこにつき、王位継承権は保有している。

(……領主と云えば、やっぱ、封建的ふうけんてきな支配者のイメージが強いンだが、アルミナの18代目は、どんな奴だろう)
 恭介は馬車に揺られながら、まだ見ぬ領主の人柄ひとがらを想像した。恭介の代わりにコスモポリテス城の執務室に残った女官いわく、ジルに色目を使っているらしい。
(……まぁ、ジルヴァンに情人イロができたのは最近だしな。たぶん、オレのことなんか知らねぇだろうから、仕方しかたないか)
 現在の恭介は、ジルの心身を独占どくせんする男役を認識しているため、王子に性的な関心を示す者は恋敵こいがたきに当たる。18代目の領主がジルを懇意こんい待遇たいぐうするサマを思い浮かべると、穏やかな気分ではいられなかった。
(向こうに着いたら、なるべくジルヴァンのそばを離れないようにしておくか……)
 いくらか過保護な思考をめぐらせつつ、恭介は詰衿の隙間すきまに指を入れた。ジルが用意した衣装は、黒糸で縫われたものが多く、均整きんせいのとれた体つきをした恭介が着ると、全体の釣り合いがよく、スタイリッシュに見えた。周囲の人間のほうが、本人に似合う服装ふくそうを理解しているものである。
 
 第6王子一行いっこうは、王宮を出てから2時間ほどで、アカデメイア川にかかるドミトリー橋を通過した。き道でどこも立ち寄らないため、予定より早い到着となるが、アルミナの検問所でひと休みする目的があり、進行は順調だった。
(良かった……。無事にアルミナ領にはいれたな……)
 途中には深い森を抜ける必要があったので、山賊さんぞくにでも襲われやしないか、恭介は不安と緊張でハラハラした。コスモポリテスの政治や経済情勢は安定しているほうだが、世界には戦争ばかりする国もあり、けっして安全とは云えない地域が点在てんざいしている。
 アルミナの検問所に到着すると、ジルは車輿こしから降りて、建物の1階で手続きをすませた。
「キョースケ、長旅で疲れてないか?」
「いや、大丈夫だよ。」
 ジルは真っ先に馬車へ近づくと、恭介の手を引いて検問所の2階にある応接室へ向かった。
「キョースケ、キョースケ、」
 室内には誰もおらず、ジルは甘えた声で名を呼びながら抱きついてくる。
「あぁ、キョースケ、キョースケ。われ愛人ものよ……、」
「なんだよ? どうかしたのか?」
「どうもせぬ。貴様とくっついて、、、、、いたいだけだ。」
「そ、そうか……。なら、好きなだけどうぞ。」
 恭介はジルの背中に腕をまわし、やさしく抱擁ほうようした。
(なんだかんだ、まだ子どもみたいなところがあって、かわいいンだよな……)
 
 ジルは恭介の胸もとに頬をぴたりと張りつけて、瞼をとじている。恭介はキスがしたいと思ったが、コンコンと、背後の扉が軽く叩かれた。「はい」と返事をすると、検問所の係員が飲み物と砂糖菓子を運んでくる。
「他のみんなはどうしてるンだ?」
「武官なら通路にいるだろう。女官は好きに待機しておろう。」
 恭介とジルは向かい合って座り、テーブルに置かれたガラス製の洋盃コップを口へ運んだ。中身はただの水、、、、につき、一瞬変な顔をした恭介に、ジルが説明する。
「これはアルミナの北につらなる山岳地帯の雪融ゆきどけ水を濾過ろかしたもので、貴重な飲料水なのだぞ。井戸水いどみずより、うまかろう。」
 云われてみれば、ふだんの水とは味がちがう。見知らぬ土地におもむけば、新たな出会いや発見、別れなどを経験するものである。検問所での休憩をすませた一行は、いよいよ領主のやかたを目ざし、進行を再開した。

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