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第 38 話
しおりを挟む天然温水地を取り囲む雑木林には、凶暴な肉食動物が棲息しており、周辺国に足を運ぶ商人や、温水地の先にある墓地へ向かう人々が襲われやすい。そのため、およそ100年前の国王によって建設された監視塔にて、見廻りを強化していた。
「おぅ、ゼニス。ご苦労さん。交替の時間だ。」
直槍を手にした中年男の監視員は、西側を担当する9階の窓辺に立つゼニスに声をかけた。ゼニスは監視員を振り向いて頷くと、1階の仮眠室へ移動した。腰巻きにさげた剣を枕もとに置き、皮靴を脱いで寝台に横たわると、瞼をとじて浅い眠りにつく。コスモポリテスの軍人は、直槍や鎌槍を武器として基本装備するため、国内で剣を扱う者は少なかった。
ゼニスは男として心身ともに充実し、何事も盛んに活躍できる年頃に達していたが、監視員として閉鎖的な空間に身を置く生活をあえて送っていた。本来の性格は気短で荒っぽく、戦地へ自ら赴く傭兵を生業としていたが、現在ゼニスには、この場所を離れられない理由があった。かつて、幼いシリルと交わした約束を守るためである。ゆえに、獣人族の領域に近い監視塔へ留まり、いつでもシリルの元へ駆けつけることが可能な日常を確保していた。また、ゼニスは獣人族の習性や両性具有の特徴を熟知しており、シリルの成長過程はある程度予測できている。そして、約束の日が近いこともわかっていた。
いっぽうシリルは、従者であるディランに下世話を任せていたが、小さい時からそれが当たり前につき、無防備な姿を晒してばかりいた。ディランは成獣につき、その気になれば発情中のシリルと交接は可能だが、必ずしも子を宿せるとは限らなかった。両性具有の受精器官には特殊な膜があり、子胤を注入するには、それを突き破る必要がある。雄が無理やり膜の奥へ生殖器を挿入すると、シリル側に激痛が走り、鋭い牙や爪で、肉体を裂かれる危険が伴った。つまり、シリルの合意がなければ、誰も手をだすことはできないのである。
「ぼくはね、成獣になったらゼニスの赤ちゃんを産むんだ。」
シリルは湯浴みの時間になると、ディランに股をひろげながら、笑顔でそんな話を始めた。
「ゼニスとは誰のことです、」
「ゼニスはゼニスだよ。」
ディランはシリルの男性器に指で触れ、湯でしぼった布で裏側まで丁寧に拭いた。
「……シリル様は、なにも感じませんか。」
「ほぇ? なにが?」
「……いえ、なんでもありません。私の失言です。お忘れください。」
ディランは「申し訳ございませんでした」と謝罪の言葉を述べたが、シリルはふしぎそうな顔で「変なディラン」と、つぶやいた。シリルの前発情期は後半にさしかかっており、興奮状態に陥る頻度も高くなっていた。それは、成獣となる日が近づいている証拠でもあった。
「遺跡は、どうでしたか。」
ディランはシリルの背中を拭きながら、話題を変えた。ひと月ほど前、シリルは遺跡をひとりで訪れている。
「うん、大丈夫だよ。みんな元気そうだった。」
シリルの云う“みんな”とは、恭介からスーツを脱がそうとしたチビッ子のことである。獣人の未熟児で、遺跡で生涯を過ごすわけありの存在である。シリルは獣王子として、定期的にチビッ子たちのようすを見まもりに出かける。また、遺跡には獣人の王族しか立ち入れない決まりがあり、ディランが付き添うことはできない。ただし、5日以内に帰還しなければ捜索隊が出動し、シリルの安全が優先された。
続いて、ディランはシリルの胸もとを拭く。小さな突起を指先で撫でると、「あっ」とシリルが声をあげた。
「なんだか、きょうのディラン、いつもとちがうみたい、」
その通りにつき、ディランは薄く笑みを浮かべた。肌に触れる手つきを意図して変えて見せたが、その思惑をシリルが察することはなく、結局、最後まで油断していた。
ディランは心の内で、姿の見えない“ゼニス”という名の人物を厭わしく思っていた。密かな情念は、少しずつ従者の理性を狂わせてゆく。
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