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第 35 話
しおりを挟む第6王子は王室行事をサボる悪癖があり、朝から女官を困らせていた。
「王子様~、どちらにおいでですか~、」
「王子様~、出てきてくださいまし~、」
庭園の木の上で、慌ただしく城内を走りまわる足音に耳をすませるジルは、「ふん」とため息を吐いて飛びおりた。石像の陰まで移動して地面に寝そべると、花壇へ新しい水を差しにやってきた男と目が合った。
「ジル、こんなところに居たか。女官たちが声をあげて捜しているぞ。朝食をすませたのならば、母君に挨拶をする決まりだろう。」
「ほうっておけ。行きたくない。」
「おまえは、いくつになっても世辞のわからん奴だな。なにも、王妃様が気に入るような言動をとる必要はない。ただ、その不機嫌な顔を見せてやればすむだけの話だ。いつまでも少年ぶってないで学習しろ。」
ジルに説教をする男は、ルシオン=ラフェテス=エルフィートといって、側室が産んだ義兄である。庭園の管理を名乗りでるほど、緑葉樹と草花を愛でている。数十人いる義兄弟のなかで、彼だけはジルの日常と関わりを持っていた。と云うのも、ジルが不都合な事柄から逃亡する際、ルシオンが手入れをする庭園に隠れるせいである。本来、側室の産んだ庶子は住まいが異なるため、城内で鉢合わせることは滅多にない。だが、何度も庭園で顔を合わせるうち、次第に、くだけた口調で接するようになった。
ジルは寝そべったまま、義兄の横顔を見つめた。髪と双瞳の色は、他の王子とよく似た濃褐色である。
「シオン。」
名前を呼ばれたルシオンは、水の入った容器を地面に置き、ジルの側まで歩み寄った。ジルが上体を起こすのを手伝い、背中に手を添える。ふだんのジルは他人との距離が近いのを拒む性格をしていたが、義兄だけはちがった。
「……父君に聞いたよ。ジル、おまえ、情人を選び取ったらしいな。」
「……シオンこそ、結婚するつもりなのか? 義兄さんに縁談が舞い込んだって、女官が流言してたぞ。」
「まさか。しないよ、おれは。身も心も、女には反応しないからな。」
「そう云うこと、はっきり云うなよ。」
「ジルだってそうだろう、」
ルシオンに顔をのぞき込まれ、ジルの頬はカッと赤くなる。義弟の反応をおもしろがって、ルシオンは苦笑した。
「おまえの心配事が減ってよかったとは思うが、まさか、無理をしていないだろうな?」
「まだ、何もしてない。」
「公認の情人とはいえ、気をつけろよ。おまえのカラダを無防備にして、好き勝手にできる男だからな。いつ、豹変するかわからないぞ。」
「下手な邪推は無用だ。キョースケは、そんな男ではない。」
「万が一って事件もある。共寝の際は、きちんと立ち合い人を付けることだ。」
「……野暮ったいな。」
「ジル、これは王室のしきたりの話だ。真面目に聞けよ。」
ルシオンはそう云って、ジルの肩を掴んだ。その指先に込められた力を感じたジルは、いくらか困惑した。生来の体質が受け身につき、時として、横柄なやり口を受け入れてしまう。いつの間にか、ルシオンがカラダの上に乗っていたが、ジルは顔を横向けて、地面に咲く小さな白い花を見つめた。
義弟は押し倒されても無抵抗でいるため、ルシオンは、つい悪戯をしたくなる。衣服の前をひらき、胸の突起に指で触れると、ジルの腰がびくんっ、と跳ねた。
「……シオン、やめよ。」
「少しくらい問題なかろう。」
ルシオンの指先は下腹部を這っていたが、ジルは為すがままの態度に応じた。だが、太腿の内側へ腕をもぐり込ませてくるため、義兄の手を払い除け、身装を直した。
ルシオンは同性の情人と閨事をくり返していたが、気に入らないとすぐに手放した。さらに、自分より地位が高く、義弟でもあるジルに手をだす始末である。もっとも、どこまでが本気なのか真意は不明だった。
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