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第 27 話
しおりを挟む中年ふぜいの門衛は、内官布を着て現れた恭介を見るなりギャフンと云う。ある時は私奴で、その次は入浴許可証で、そのまた次は第6王子の名前入り認可証で、今回は王宮関係者の通行証を提示してくるため、正体がつかめないのだろう。めまぐるしく身分が変わる恭介は、不審者に思われてもしかたがない。
(そう云えば、認可証を見せても変な目で見られなかったな。あれが情人の証明にもなることを知らないのか……)
恭介は黒翡翠の輪具を見つめ、それから、顔をあげて歩きだす。事務内官の仕事場は東棟である。昨日のアミィから指定された場所へ向かう途中、数人の官吏とすれ違った恭介は、軽く頭をさげておく。背中越しに「誰だ? 今のは」「見ない顔だな」「黒髪だったぞ」と云う小言が聞こえたが、耳に届かないフリをした。
(そんなにめずらしいモンかね。オレの国だと、ふつうに地毛なんだけど)
コスモポリテスの住人は比較的明るい髪色が多く、今のところ恭介が唯一の黒髪である。共同浴場を利用する際は人目を避けるため、なるべく朝イチで湯を浴びていた。
(……この国で生涯を終えるとすれば、いつかオレも白髪になるだろうけどな)
石造の渡り廊下を抜けた先に、両開きタイプの扉が見えた。同じ大きさの無垢材を2枚合わせ、中央から開閉する様式である。獅子を彫刻した叩き金や、鉄製の把手に目がとまる。
(……豪勢すぎて気後れするな)
これまでの日常とは縁のない雰囲気を漂わせていたが、この扉の奥が職場となる。
「失礼します。」
と云って開けると、目の前にアミィが立っていた。
「あら、おはよう、キョウくん。予定時刻より早いのねぇ。」
気合いを入れすぎたせいか、腕時計を所持していないせいか、早めに部屋を出てきた恭介だが、アミィはそれよりもさらに早く出勤していた。
(……教訓? あぁ、キョウくんか)
妙な親しみを持たれたようで、呼び名が割愛されている。アミィは「うふふ~」とニヤけながら顔をのぞき込んできた。
「キョウくんってば、ますます色男になったわね~。内官布が板に付いてるわ~。ああ、でも、ふるまいには気をつけてね。あなたの品位はジルさまの体裁にも係わるから、その辺の要領はしっかりわきまえて頂戴ね。」
「解っています。」
(アミィは、オレがジルヴァンの情人だってことを知る側の人間だもんな。そりゃ、気にするなってのが無理な話だよな……)
恭介は会話を中断すると、室内を見まわした。壁際にズラリと並ぶ棚に、段ボール箱のような長方形の収納ボックスが隙間なく詰まっている。室内の真ん中に配置された長机の上には、何かの書類が大量に散らばり、紐で綴じた帳簿が何十冊も積まれていた。棚と棚のあいだには鉄格子付きの小さな窓がひとつある。天井から吊り下げられた洋燈は、朝から灯されていた。恭介は低めの棚へ近づくと、埃っぽい箱のひとつを開けてみた。
「……これは、納品書か、」
色々な大きさをした薄い紙が、雑にしまい込まれている。書き机の椅子へ腰をかけるアミィは、「それはねぇ」と云って肩をすぼめた。
「見てのとおり、証憑書類よ。まだ正確に記してないものばかりだから、キョウくんには最近の取り引き書類をまとめて作成してもらえると助かるのだけれど、そういった作業はできそうかしら?」
箱の中身は発注書や明細書の類で、手つかずのまま保存されていた。
「もっとわかりやすく分類して、整頓されていないのはどうしてですか?」
恭介が振り向いて訊ねると、アミィはわざとらしくため息を吐いた。
「できるものなら、やってるわよぅ。経理については書類を受け取るだけで精一杯よ。朝から晩まで数百枚も届けられたら、検収印を押すだけで腕が痛くなっちゃうの。内職者を採用しても長続きしてくれないし、困るわよね~。」
(……ダメだ、この上司は)
金銭管理を担う職務でありながら、すべきことをおろそかにしている。恭介は、初日から憂鬱な気分になった。
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