恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 8 話

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 この国の衣服ころもに着替えた恭介は、すっかり姿が変容したらしい。道行みちゆく人から変な目で見られることはなく、風景になじんでいた。脱いだ服は地面の下へ埋めてきたので、元の世界と恭介をつなぐものは、おびの中にしまった万年筆まんねんひつだけとなった。朝から太陽に向かって、つまり東の方角へ黙々と歩いている。陽射しは強く、木陰も少ないため、寝不足のカラダにはしんどい道程みちのりだった。
 少し先をゆくシリルは元気に走りまわり、恭介の横を歩くゼニスの表情はかたい。奇妙な3人組は、やがて、小さな町に到着する。

「うわ……、映画のセットみたいだ、」
「えいが?」
 恭介のひとごとに、シリルが反応した。
「ああ、人工的じんこうてきに再現した、西洋の古い町並まちなみに見えるなと思って、」
「せいよう……? ちがうよ。ここは、コスモポリテスだよ。」
「そうだったな、」
 恭介はシリルと自然な会話ができるまでになった。青年のふるまいは当初から変わらないため、少しずつ現実を受けとめることができた。もとより、極端に意識していたのは恭介だけである。
「おまえたちは中央広場で待っていろ。」
 ゼニスは恭介とシリルを残し、宿やどを探しにいく。
「キョースケ、こっちだよ。」
 と云って小走こばしりをするシリルを見失わないよう、恭介も急ぎ足になる。小さな町に見えたが人出ひとでは多かった。バシャバシャと水の噴きだす装置で顔を洗い、木製のベンチに腰をかける。噴水のまわりを歩くシリルを視野に入れながら、恭介は「ふぅ」と、ひと息ついた。
(……もう、こうなっちまった以上、なるようになるしかねぇなぁ。……母さん、親父おやじ、オレのことは心配しないでくれ。なんとか生きてるよ……)

 元の世界へ残してきたものに未練はある。だが、あれこれ考えたところで、自分にできることは少ない。さいわい、手を差しのべてくれた人物がふたりもいる。シリルがいなければ、まだ遺跡をうろついていたかも知れない。ゼニスがいなければ、林道で黒い物体に喰われていただろう。落ち込んでいる場合ではない。
(それにしても、生きてると、腹ばっか減るな……)

 相変わらず空腹なのがつらい。恭介はパンより白米こめ派につき、がっつり胃袋に詰め込みたい気分だった。ほんの少し目を離したすきに、中央広場からシリルの姿が消えていた。
「シリルくん!?」
 恭介はひどくあせり、周辺を探したが見つからない。困り果てているところへ、ゼニスがあらわれた。
「シリルくんが居なくなった!」
 恭介がそう叫ぶと、ゼニスは目を細めた。
迷子まいごになるとは思えないし、まさか、連れ去られたとかじゃ!?」
 シリルの容姿を考えると、強姦ごうかんという最悪な事態も想定できる。
「早く見つけないと危険だ!」
さわぐな。うるさい。」
 ゼニスは言葉で恭介を牽制し、その場から立ち去ろうとする。
「お、おい!? 待ってくれ。シリルくんを探さないとっ、」
 やけに冷静なゼニスを追いかけると、市場いちばのようなとおりにでた。支柱と厚い布地で幕を組み立てた仮設の小屋こやが並ぶ。中央広場よりにぎわっていたが、ゼニスは迷うことなくシリルを見つけだした。

 古書こしょを取り扱う小屋の前にしゃがみ、売子うりことおしゃべりをしていたシリルは、近づいてきたゼニスに気づき、パッと顔をあげた。
「ねぇ、ゼニス。この本に、ぼくたちのことが書いてあるんだ。」
 シリルがひろげたページには、裸身はだかの男同士が草原で性交渉するようすがなまめかしくフルカラーで描写されていた。注釈ちゅうしゃくに“人間と成獣による生殖行為”と載っている。どちらも同じ人間の男に見えたが、片方はそうではないらしい。ゼニスは無反応を示したが、わきからのぞき込む恭介の心拍数は上昇した。
「欲しいのか。」
 とくゼニスに、シリルは少し考えてから「うん」と返事をする。ゼニスが売子へ代金を支払うと、シリルは恭介のほうへ歩み寄ってくる。
「あとで一緒に読もうね。」
「オレと? いいけど……、」
 云われて、表題タイトルに視線を落とした恭介は、かすかに当惑した。シリルが手にした本の表紙には“性の観照テオーリア”と書いてある。あきらかに、ふたりで読む内容ではない気もするが、ひとまず同意した。
(それって、たぶん、この世界のエロ本だよな……)
 ゼニスは悩める恭介を横目に、中央広場へと引き返した。

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