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第 6 話
しおりを挟む林道の入口付近の安全な場所で、恭介は人生初の徹夜を経験した。疲れきっていたが、頭が冴えて寝つけない。原因の発言をしたゼニスは、樹木に背中を預けて座り、地面に横たわって眠るシリルの呼吸を見まもっている。
(……オレはここで死ぬのか? なぜ、こんなことになったんだ? いつものように仕事をしてアパートに帰っただけだぞ。いったい、これはどういう状況だ? 誰でもいいから説明してくれ。頭がおかしくなりそうだ……)
思考回路が迷走する恭介をよそに、ゼニスも浅い眠りにつく。時刻を確かめる手段はなかったが、夜空の三日月は西へ沈みかけていた。恭介は寝そべってみたが、いつまでも睡魔に襲われない。異変が起きたのは、夜が明ける頃だった。
カリカリと、何かを爪で掻くような音が聞こえる。瞼をとじていた恭介は、ハッとして顔をあげた。
「シリルくん?」
眠っていたはずの青年は、いつの間にか裸身になり、ゼニスが渡した枝に歯を立てている。その木の皮をカリカリと食べていた。とてもおいしそうには見えず、恭介は咄嗟にシリルの手頸を掴んだ。
「シリルくん、やめないか、」
木の枝を奪い取ると、シリルは「あ、あっ」と云って、うろたえた。周辺はうっすらと明るくなり始めていたので、シリルの肌に目がとまる。すると、あきらかな変化が認められた。
「……な、なんだ、これは、」
青年の胸が数センチほど膨らんでいる。ふたつ並ぶ突起は薄桃色をしており、それはまるで女性の乳房のように見えた。しかも、シリルは苦しいようすで、ハアハアと肩で息をする。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
恭介が大きい声をだすと、仮眠から目醒めたゼニスは地面に落ちたシャツを拾い、シルリの肩にあてがった。
「ゼニスさん、シリルくんのようすが変だ、」
背の高い男は命の恩人につき、名前に敬称をつけて呼んだ。ゼニスは、あわてる恭介に事情を説明した。
「枝を返してやれ。それには興奮作用を落ち着かせる成分が含まれている。シリルは今、発情期手前で、明け方になるとカラダが女体化する。」
云われて、思わずシリルの下半身へ目を向けたが、きちんと男性器はついている。
「シリルくんが発情? 女になるって、どういう意味だ……、」
困惑する恭介をよそに、ゼニスは無表情で説明を続ける。
「シリルは両性具有だ。見た目は男のつくりだが、たとえば、この状況でおまえと寝たならば、まちがいなく妊娠するだろう。」
「シリルくんが、妊娠?」
「まだ未成熟だから、性通の経験はないだろうがな。獣人の成長過程は、おれら人間とはちがうらしい。」
「けひとって?」
「人間と獣族の混血だ。」
恭介は理解が追いつかず当惑したが、シリルから首すじに抱きつかれると、にわかに全身の細胞が火照るようだった。ゼニスはそれを承知して、首を横に振る。
「木の枝をシリルに返せ。でなければ、おまえが理性を失うぞ。念のため云っておくが、シリルのカラダに手をだしたら殺されるぜ。」
「殺されるって誰に、」
「おれにだ。」
「ゼニスさんがオレを? どうして……、」
かろうじて聞き返したが、シリルの息づかいを耳もとに感じて、生理現象が煽られそうになった。恭介が硬直して動けずにいると、ゼニスはシリルの腰を掴んで無理やり引き離した。
「……ゼニスぅ、」
うっとりとした表情を向けるシリルに、ゼニスは冷静に対処する。恭介の手から木の枝を取り返すと、青年の口にくわえさせた。恭介は昂ぶった心臓を意識して、何度か深呼吸をした。
(シリルくんは、女だったのか?)
ふと、自分の発言を思いだして後悔した。シリルの体質を知らなかったとはいえ、遺跡では、わざと失礼な科白を投げかけている。相手を見かけで判断した結果であり、恭介は素直に反省した。
「シリルくん、ごめん」と。
恭介とゼニスは生理活性物質に当てられないよう、青年の興奮状態が自然に沈静化するまで、一定の距離を保つことにした。肩を並べて座るゼニスから「殺す」と云われた恭介は、複雑な心境になる。ただでさえ、不可解な超常現象に悩まされていたが、シリルとゼニスの正体について考えると、なぜか頭痛がした。
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