87 / 100
第87回[父親]
しおりを挟む寝巻に着がえて床につく礼慈郎は、いつのまにか夢をみていた。生まれたばかりの赤子を腕に抱く飛英が、「あなたの子です」と云う。どこかの産院の寝台に歩み寄る礼慈郎は、軍帽を脱いで脇へはさむと、枕もとに立ち、我が子の誕生を祝福した。生まれて間もない赤子の性別は、男児だった。うっすらと、額に浮かぶ青痣へ目を留めた礼慈郎は、自分と飛英の血を分けた存在であることを認め、養うべき家族が増えた事実を(素直に)うれしく思った。3人で幸せになろう、そう声をかけようとして、目が覚めた。
本来ならば出産を体験しない男性にとって、妊娠や子育ては未知の事柄であり、父親の自覚が芽生えるまで、ぼんやりとした期間が続く。やがて、我が子に正しい生き方を示すという心理的変化をむかえるが、意を起こすことができるかどうかは、個人の理知性に大きく左右される。
菊乃から妊娠報告を受けた翌日、礼慈郎は久方ぶりに闇市へ足を運んだ。士官学校の帰りにつき、黄土色の軍服姿で露店が並ぶ通りを闊歩していると、売春夫に呼びとめられた。
「そこな軍人さん、ちょいとお待ちよ。へぇ、なかなか上等な容姿だねぇ。下の生物も期待できそうだわ~。」
卑猥な科白を恥じらいもなく口にする売春夫は、20代後半くらいの男で、うす紫の浴衣を身につけていた。礼慈郎の顔だちや体格を凝視すると、片足を腰へ押しつけてきた。細めの帯は最初から弛めてあり、建物の暗がりへ誘導しようとする。闇市では、西陽が沈むころ、こうした売春夫の客引きが盛んに行われ、道端で堂々と抱き合う連中もいた。ストリップ劇場の看板に電氣が点るまで時間を持て余す礼慈郎は、売春夫の肩を摑むと、浴衣の衿へ紙幣を差しこんだ。
「ひとつ教えろ。闇市へ出入りする邏卒を見かけたことはあるか。」
「それなら、案内人の克衛さんが、昔、お巡りだったらしいよ。」
情報料に満足した売春夫は、とば口の方角を指で示した。
✓つづく
1
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
押しかけ贄は白蛇様を一途に愛す
阿合イオ
BL
白蛇(しろへび)様、と呼ばれる蛇神を信仰する村で暮らす旭は、六十年に一度白蛇様に捧げられる贄になるために、病弱なフリをして暮らしてきた。
小さい頃に助けてくれた大蛇の白蛇様に、恩返しがしたかったから。
十年の努力が実り、ついに旭は白蛇の贄になることができた。
再会した白蛇は、美しい男の姿で旭の前に現れる。
「俺は贄を必要としていない」と言われた旭は、白蛇の説得を試みるのだった。
自ら命を捧げるために押しかけた贄と、一途な献身を受けて白蛇が贄を愛するようになるまでの話。
※印は背後注意です。(ぬるめのも含む)
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
薬師は愛をささやく
み馬
BL
「やあ、ピエッセントリーヌ。きょうもきみは、美しい花を咲かせているね。おや、クレッセントリーア、いつもより葉っぱに元気がありませんね。待っておいで。今、きれいな水を差してあげるよ」
「おい、メルヘン薬師、現実逃避している場合か。ミルクの時間だぞ」
有能すぎて追放された薬師と、医者で助手の青年(実は異世界召喚された現代人)と、わけあり少年たちによるメディスン系ファンタジーBLです。主人公は、遙かなる異世界エージェント。心理学要素あり。ちょっと哲学。
※ 独自解釈、造語あり。
※ 登場人物(一部紹介)……トリッシュ(医者/23歳/主人公)ユリネル(薬師/27歳/受け身)グレリッヒ(庭師/46歳)フューシャ(16歳)デューイ(14歳)スフィーダ(10歳)シェリィ(乳児)
※ ただいま不定期にて更新中です。こちらの作品は[カクヨム]でも公開中です。
紺碧のかなた
こだま
BL
政界の要人を数々輩出し、国中にその名をとどろかす名門・忠清寺(ちゅうしんじ)の僧見習い・空隆(くうりゅう)と澄史(とうし)。容姿端麗なだけでなく、何をやっても随一の空隆は早くから神童と謳われていたが、ある夜誰にも何も告げずに寺から忽然と姿を消してしまう。それから十年の月日が経ち、澄史は空隆に次ぐ「第二の神童」と呼ばれるほど優秀な僧に成長した。そして、ある事件から様変わりした空隆と再会する。寺の戒律や腐敗しきった人間関係に縛られず自由に生きる空隆に、限りない憧れと嫉妬を抱く澄史は、相反するふたつの想いの間で揺れ動く。政界・宗教界の思惑と2人の青年の想いが絡み合う異世界人間ドラマ。
【BL】キス魔の先輩に困ってます
筍とるぞう
BL
先輩×後輩の胸キュンコメディです。
※エブリスタでも掲載・完結している作品です。
〇あらすじ〇
今年から大学生の主人公・宮原陽斗(みやはらひなと)は、東条優馬(とうじょう ゆうま)の巻き起こす嵐(?)に嫌々ながらも巻き込まれていく。
恋愛サークルの創設者(代表)、イケメン王様スパダリ気質男子・東条優真(とうじょうゆうま)は、陽斗の1つ上の先輩で、恋愛は未経験。愛情や友情に対して感覚がずれている優馬は、自らが恋愛について学ぶためにも『恋愛サークル』を立ち上げたのだという。しかし、サークルに参加してくるのは優馬めあての女子ばかりで……。
モテることには慣れている優馬は、幼少期を海外で過ごしていたせいもあり、キスやハグは当たり前。それに加え、極度の世話焼き体質で、周りは逆に迷惑することも。恋愛でも真剣なお付き合いに発展した試しはなく、心に多少のモヤモヤを抱えている。
しかし、陽斗と接していくうちに、様々な気付きがあって……。
恋愛経験なしの天然攻め・優馬と、真面目ツンデレ陽斗が少しづつ距離を縮めていく胸きゅんラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる