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第69回[双生]
しおりを挟む英知とは、真理を悟性的に捉えることのできる、最高の認識能力である──。
妊娠初期に双胎児の片方の成長が止まってしまい、子宮から消えたように見える現象がある。残念ながら、腹のなかで亡くなった一児は、母体に吸収され、ほとんどの場合、原因はわからなかった。
大学で医術を学ぶ書生の滝沢将平は、廃村の駅舎で礼慈郎と夜を明かしたとき、様々な情報を提供した。興味本位で耳をかたむけていた礼慈郎は、双子が消滅する症例に注目した。生き残った胎児が二重人格になるという医学的根拠はないが、飛英のなかに分裂した人格が形成された理由は、英理と双生児であった可能性が高いと考えた。妊娠早期は幸福を実感していたと思われるため、流産になるとは考えもしない両親は、すでに双子に名づけていたのではないか。飛英の母は、病院での分娩が主流となる以前に出産を経験した女性につき、詳細は不明だが、時代は、産科医療の過渡期を迎えつつある。
飛英が、もうひとりの存在を疑いはじめたのは、つい最近の出来事だが、誰にも相談できず、口を閉ざしていた。思いきって礼慈郎に訊ねたところ、予言めいたことを云われ、指先がふるえた。
「わ、わたしが、ふたりとは……、どういう意味ですか……?」
「これはおれの仮説だが、失われた記憶の断片は、もうひとりの人格が保有している。つまり、互いを別ものとして考えるうちは、同調が不完全なのだろう。」
「同調……? わたしと英理が……、ほんとうは双子で生まれるはずだったと……?」
「そう考えることで、奇異な現象に説明がつくという話だ。むろん、憶測にすぎない。どこまで事実なのか、もう少し調査する必要がある。」
「……は、……はい。」
礼慈郎は「前進あるのみだ」といって、暗い表情をみせる飛英をはげました。作り話をそっくり信じこむのではなく、そのなかに隠された真実を注意深く見ぬくことが重要である。飛英は車窓へ視線を移し、長い間をおいて、紫紺の眼で礼慈郎を見据えた。余計な迷いが消えた軍人は、確かな力強さをもって、飛英の前に坐っている。礼慈郎の支えがあるかぎり、飛英は、困難に立ち向かう勇気を持てた。
ふたりをのせた汽車は、やがて、帝都の駅舎に到着した。
✓つづく
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