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第52回[正邪善悪]
しおりを挟む行為の善悪は総合的な事柄をふまえて判断するが、正邪の基準は、意識や考え方に主眼をおいて判断する。善と悪を見定める目は、物事を語るうえで役に立つが、物理的な現象へ派生することが多い。身の上や立場によって、それぞれの思想や価値観は異なるため、相いれない信念とぶつかったとき、多少の衝突は避けられない。そういう原理が、この世の中に遍満している。
軒下の提灯に火を点けて戻った克衛は、全裸で茫然とする飛英を見るなり、微かに眉をひそめた。ストリッパーの椿は、舞台の時刻が近づき、劇場へ帰ったばかりである。克衛が円卓の湯呑みを片付ける音で我に返った飛英は、一瞬、身構えた。
「か、克衛さん……!?」
「ああ、やっと気がついたな。安心しろ。蒙汁薬を盛られたようだが、健康に害はない。……今、粥をつくってやる。腹が減っては戦ができぬ、ってね。」
「どうして、克衛さんがここに……、」
「どうしてって、せまくて悪いが、ここはおれの家だからな。」
「そんなつもりでは……、ですが、わたしは確か……、」
「金持ちの紳士と白髪の男なら、屯所へ通報しておいた。とりあえず、そこに用意した服を着てくれ。椿に貸りた女ものだが、素っ裸でいられると、おれが誤解される。」
「え? あっ、し、失礼しました。」
克衛の言動が落ちついているため、すっかり油断していた飛英は、あわてて枕もとの服を引き寄せた。鎖骨や太腿が丸見えの夏衣だが、全裸でいるよりはマシな恰好である(ちなみに、椿が闇市へ流れついた時の服装で、克衛に対する当てつけでもあった。その魂胆に知らん顔をきめこむ克衛だが、内心「あいつめ」と、脱力した)。
「そらよ、熱いから火傷に気をつけな。」
克衛は、できたての粥を鍋ごと円卓におく。空腹だった飛英は、木製のスプーンを受け取り、少しずつ口へ運んだ。身体が温まると、なぜかホッとした。食事のあと、壁に背を預けて坐る克衛は、飛英に状況を説明した。
「まず、おまえ自身は、どこまで把握している?」
「山奥の廃村にいたところまでは、憶えています。わたしはどうやって、帝都まで戻ったのでしょう……。」
「人間を拐う手段なら色々あるさ。それより問題は例の紳士だ。おまえが身請された日、花園に喰い下がったようだしな。余程悔しかったのか、隙あらば奪い返そうと、おまえの嫁入り先を調べてやがった。」
「……嫁入り?」
「あの恰幅がいい軍人と、何もないとは云わせないぞ。男が芸者をそばにおく理由は、性的な意味合いしか持たないからな。」
礼慈郎との関係を探られた飛英は、返答に悩んで口を閉ざした。旅先で性行為におよんだのは事実だが、まともに抱きあった(最後までした)覚えはない。愛人として役割を果たせずにいる飛英は、礼慈郎の気持ちを考える余裕などなかった。
「い、行かなくては……、わたしは、もういちど、あの廃村へ……!」
身勝手な行動を起こした結果、礼慈郎と離ればなれになった飛英は、いくらか取り乱した。あわただしく立ちあがり、襖障子の引き手に腕をのばした。しかし、移動距離を考えると汽車にのる切符代は不可欠で、現在の飛英は無一文の状態だった。
✓つづく
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