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第21回[食事]
しおりを挟む見たことのない部屋で目を覚ました飛英は、ゆっくり布団から抜けでると、いつの間にか寝間の浴衣を着ていた。壁ぎわの書棚にぎっしりと並ぶ蔵書に目を凝らすと、著者に狩谷鷹羽の名を見つけ、ここが彼の家のなかであることを思いだした。
「そうだ……、わたしはもう、ストリップ劇場の芸者ではなくなったんだ……。」
額の痣に指で触れ、変化した生活環境を認めた。昨夜、礼慈郎と鷹羽の3人で夕食の席についたところまでは記憶に残されていたが、その後のやりとりは不明である。なんとなく、誰かに肌を撫でられたような気がしたが、浴衣に着がえさせた礼慈郎か鷹羽のどちらかの指の感触だろうと考えた。
書斎と思われる部屋から廊下にでると、鷹羽は台所で朝食をつくっていた。目が合うと、鷹羽の視線が胸もとへそそがれた飛英は、はだけていた衿を合わせ直した。
「お、おはようございます……。」
「おはよう。よく眠れたか?」
「はい。あの、きのうはすみませんでした。せっかく歓迎会をひらいてくださったのに、途中から憶えてなくて……、」
「気にしなくていいさ。疲れていたのだろう。顔を洗ってこいよ。廊下を突き当たりまでいけば、右側に厠もある。」
鷹羽は屈託のない調子で会話をするため、信用のおける人物なのだろうと安心できた。飛英は、朝食ができあがるまでに身なりをととのえると、鷹羽と卓袱台を囲み、なごやいだ雰囲気で食事をすませた。食器洗いを申し出て片付けると、鷹羽は坪庭に面した窓をあけ、煙草をくゆらせていた。なで肩で腰の位置が低い体形をした男につき、和装がよく似合っている。昨夜、裸身で添い寝をされたが、飛英は何も覚えておらず、油断していた。
「鷹羽さん。」
名前を呼ぶと、「はいよ」と気楽な口ぶりで返事をよこす。飛英は鷹羽のとなりに正座すると、あらためて礼を述べた。
「わたしなんかの世話を引き受けてくださり、ありがとうございました。できることがあれば、なんでも仰ってください。」
「なんでも?」
「はい。」
掃除や洗濯といった家事の範囲で手伝えることがあればと思ったが、鷹羽は少し考えるふりをして、飛英の顔を見据えた。
「きみって、双子なのか。」
すっかり話題を変えてきたが、飛英は「ちがいます」と応じた。
「ということは、やはりあれは幽霊だったのか。もしくは夢遊病とか?」
睡眠中にもかかわらず体動が出現し、ぼんやりと歩きまわる症例がある。だが、飛英の足は汚れていない。裸足で外出した場合、廊下や畳のうえに足跡がつくだろうと思われた。鷹羽は、ふたたび話題を変えた。
「朝食だけど、きょうはおれが適当につくったが、あしたからは英が好きにやってくれ。冷蔵庫にあるものなら、なんでも使ってかまわない。職業柄、原稿のしめきりが近づくと徹夜することもあるし、おれの場合、飯の時間は不規則なんだ。外食ですませたり、抜くときもある。だから、おれや、家族のぶんまで用意する必要はない。」
「……わかりました。あしたから、そうさせていただきます。」
鷹羽は灰皿の底で煙草の火を消すと、飛英のほうへ膝を進めた。顔をのぞきこまれた飛英は、躰をうしろへ引いた。それでも顔と顔が近づき、逃げる反応がおくれた瞬間に口唇をふさがれた。突きとばそうとした腕を摑まれ、いっそう深い接吻を受けてしまう。抵抗をあきらめて瞼を閉じると、口のなかへ流れこむ鷹羽の息は、煙草の味がした。
「ごちそうさま。」
鷹羽は気のすむまで飛英に口づけると、新聞紙を手に取った。
✓つづく
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