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第14回[交換条件]
しおりを挟む土曜日の午后、狩谷家を訪ねた礼慈郎は、鷹羽の母と顔を合わせた。まあ、礼慈郎さん立派なお姿ね。お母様によろしくどうぞ、と挨拶され、会釈をして奥の和室へ向かった。士官学校の帰りにつき、軍帽を脇にはさみ、サーベル式軍刀を佩帯している。
「来たか、」
鷹羽は、原稿用紙の束を片付けて煙草をくゆらせていた。卓子には灰皿と筆記帳がおいてある。礼慈郎は差しだされた座布団のうえに坐ると、筆記帳のなかをひらいた。何枚か写真がはさんである。手に取り、確かめていくと紐パン姿でポーズをきめる飛英の写真が目にはいった。
「ほしけりゃ、やるよ。このあいだ取材にいったとき、参考資料としてもらってきたんだ。」
礼慈郎は、鷹羽のことばを最後まで聞かないうちに、胸ポケットへ写真をいれた。鷹羽は薄笑いを浮かべ、急須に湯をそそぎ、煎茶をいれた。煙草の烟と湯呑みから立ちのぼる湯気が交叉して、消えていく。
「織原飛英、それが青年の本名だ。おまえの名前と職業も報せてある。……本気で身請をするつもりなら、足りないぶんの金は用意してやる。ただし、世話を引き受ける以上、味見はさせてもらうぜ。おれの性癖なら、おまえがいちばんよくわかっているはずだ。」
湯呑みを口へ運ぶ手をとめた礼慈郎は、向かい合って坐る鷹羽の顔を見据えた。一見して地味な着流しは、身につけている人間の欲望を気取らせないための工夫で、涼しげな表情は、相手が油断するまで崩さない。狩谷鷹羽は、くせのある男だった。
「話があると云ったのは、後のことか。」
冷静にふるまう礼慈郎だが、条件がある、といって語気を強めた。
「どんな条件だ?」
「抱きたければ、合意を以てしろ。おまえの調子で構い過ぎるな。」
不本意ながら許可するといった面持ちで、鷹羽の要求を承知した礼慈郎は、湯呑みを空にして立ちあがると、卓上のすみに用意された茶封筒へ腕をのばした。紙幣の枚数を確認せず、その足で闇市に向かう。飛英を身請する気になったのは、おそらく、実演を見にいったせいである。舞台に登場した英に、心ごと奪われたのだ。その感情を説明できずにいる礼慈郎は、本人をそばにおくことで、見つけだそうと考えていた。
ストリップ劇場の看板をあおぐと、受付で入場券を購入し、責任者との面会を所望した。
「上演のあと、すぐにでも話がしたい。」
「それほどお急ぎとは、どのような用向きでしょうか?」
「ここにいる織原飛英の身請を名乗りでる。今夜じゅうに、言い値を提示してもらいたいと伝えてくれ。金ならば、持参している。」
軍服の内側から茶封筒を取りだして見せると、受付の従業員は「か、かしこまりましたぁ!」と、驚きの表情で返事をした。客席に移動すると、最前列に黒いスーツを着た紳士を発見した礼慈郎は、空いている正面席を探して腰掛けた。額縁ショーに登場する最近の飛英は、V字ではなくM字開脚を披露する。そのさい、今までどおりの壁ぎわでは、肝心の部位を見ることができない。正面からは、どうしても隠しようのない生身(尻の穴)をじっくり堪能できるため、礼慈郎も紳士も、坐る場所を変えていた。
今夜も満席となった劇場で、ストリッパーたちが艶めかしく肉体を踊らせる。音楽が変わり、紐パン姿で舞台のまんなかに立つ飛英は、大勢の客を前にして、軍人の存在を強く意識した。
✓つづく
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