青竜のたてがみ

第25話

　クムザに、ラミルダのところへ行くと伝えて外出したジェイクは、帰りが遅くならないうちに引き返す必要があった。しかし、ロンファと過ごす時間も大事につき、ひとつ提案をする。

「毎日は無理だとしても、晴れた月の晩は浜で待ち合わせをしないか」
「……待ち合わせ……って、なに」
「昼間は人目につきやすいが、夜ならば比較的、安全だろう。次に会う約束を決めておけば、俺も動きやすい」
「……わ……わかった」
「よし。参考までに聞くが、この島に雨季うきはあるのか？」
「……あ……雨は、ときどき、ふってくるけど」
「そうか。雨の日は、さすがに会えんな。病室を抜けでる際、湿気が入り込む」
「……じゃあ、月の晩に……浜で」
「ああ、そうしよう。約束だ」
「……うん」

　ロンファがスッと、小指を立てる。ジェイクは苦笑にがわらいしつつ、青年と指切りをした。歩調を合わせて洞窟まで戻ると、ロンファのほうから首をのばしてくる。ジェイクは前かがみになり、恋人の接吻を受けとめた。ロンファの口唇くちびるは、軽く触ふれるだけで、すぐに離れていった。

「じゃあな」
「……また……月の晩に」
「ああ」

　立入禁止の看板を横目に、ジェイクは海岸沿いをひとりで歩き始めた。今のところ、水竜伝説について調べることが、最優先事項である。ジェイクの勝手な予感にすぎないが、ロンファと島の伝承は無関係だと思えなかった。また、ジェイクはロンファの孤独や悲しむ姿を望まない。いったいどのような物事ものごとから青年を守るべきか、さらなる情報を集める必要があった。

　数日前、島へ流れついた木材が、後浜に積まれてある。ひと目で、船舶せんぱくの残骸ではないかと構えるジェイクをよそに、島民の反応は薄かった。ファブロス島の周辺に有人島は確認されていないが、ごく稀少まれに、あのような漂流物が岸辺きしべに打ち上がるらしい。これまで、他国の人間がやって来たという記録も見あたらない。

（……つまり、いちばん近い大陸でも、そうとう離れているということになる。だが、よくも俺は無事に流れついたものだ。あの細かな木片、、、、、を見るからに、元の船は大破たいはしたはずだ。……もし、俺が乗船者のひとりならば、あの船は、どこの港から出航した？　……大陸では、俺の扱いはどうなっている？）

　３ヵ月後のガレオス帝国では、ジェイクは海軍大将の判断により、殉職として死亡届が受理されることになる。まだ、出身国を思いだせないジェイクは、何かの手がかりになればと、木片をいくつか持ち帰った。

「おお、戻ったか。昼飯ならできとるぞい」
「おかえりなさい、ジェイクさま！」
　
　クムザとリェータは、病院の庭で花壇かだんに水を差していた。ジェイクが戻ってくると、ニコニコ明るい表情を向ける。島民の態度は親切極きわまりなく、ジェイクは素直に感謝していたが、あきらかに余処者よそものである風貌を、訝いぶかしむ者がひとりだけいた。遠目から、病院のようすを見つめる男がいる。


✓つづく