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医師、かく語りき
第13話
しおりを挟むグレリッヒの意向により、乳用の雌山羊を飼うことになったものの、動物のあつかいに不慣れな薬師は、必要なミルクをうまく搾ることができなかった。
「さっきから乳房に逆流している。根もとをしっかりつまんで、軽く乳首を押しあげてから、4本の指で搾るんだ」
「こ、こうでしょうか……?」
「もっと力を込めろよ。両手を使い、左右の乳頭を交互に搾ってみろ」
シロの横から逆向きにすわり、うしろ足で蹴られないよう注意しつつ、ユリネルが搾乳に苦戦していると、シェリィの布おむつを干しにトリッシュが庭ヘやってきた。腕組みをして立つグレリッヒは、ユリネルが乳しぼりのコツをつかむまで、根気強くつきあっている。
「あいかわらず、下手くそだな」
「……トリッシュくん」
「よそ見をするな。作業に集中しろ」
トリッシュがユリネルの手つきを茶化すと、グレリッヒが口をはさんだ。医者は小さく肩をすぼめ、ふたりのじゃまをしないよう、診察室へもどった。すると、椅子の背もたれに掛けておいた白衣が消えている。
「デューイか」
犯人に目星をつけ、2階へつづく階段をのぼっていく。ホワイトシャツにスーツベストという恰好のトリッシュは、いくらか強面だが、紳士のようなうるわしさをにおわせる。フューシャが無意識に見とれてしまうくらいだが、トリッシュ本人は10代半ばの思春期を、異世界に飛ばされ、不愉快な男と過ごしたせいか、容姿には無頓着だった。
デューイの部屋は、奥から2番目の右側である。把手をまわすと、案の定、ベッドのうえに白衣が放置してあった。少年の姿はない。トリッシュは次なる目的地へ向かった。施設のお手洗いは、1階の廊下の突き当たりである。白衣を着なおして階段をおりる途中、廊下の窓へ目をとめた。おりから、温んだ風が吹いている。雨を予感させる雲行きに、顔をしかめた。
「まずいな」
デューイだけでなく、フューシャのようすを気にかける必要がある。さいわい、ミルクをすませたシェリィは、ベビーベッドのある部屋で、よく眠っている。庭でシロの乳しぼりをするユリネルとグレリッヒに洗濯ものをまかせておき、先にデューイのもとへ急いだ。
「だいじょうぶか?」
手洗い場の個室に閉じこもるデューイは、返事をしない。なかでごそごそと動く気配があり、ひとまず生存を確認したトリッシュは、「楽な体勢で、ゆっくり呼吸しろよ」と、デューイの状態を気づかった。内側から鍵を開けてもらいたい医者だが、なるべく自尊心に傷を負わせたくないため、いつもどおりの口調で処理をうながす。
「いいか、デューイ。きみは、なにも恥じることはない。おれだって自分のあばれ馬を飼い馴らすまで、幾度も自己嫌悪したぞ。だからって負けるなよ、男だろ」
身体の一部を動物にたとえると、デューイが「ぷっ」と笑い声をもらした。しばらく待機した医者は、こそこそと個室から顔をだす少年に、「すっきりしたか?」と訊く。
「……う、うん」
この後、デューイはトリッシュに対して妙に素直な態度を示すようになるが、一方的な感情は、相手が望まない不幸や事故を引き起こす因子となりやすい。信頼を寄せる子どもの期待は、裏切ってはならない。よりいっそうの配慮が必要である。トリッシュはデューイを部屋まで送り届けると、その足で、こんどはフューシャの角部屋を訪ねた。
「先生、こんにちは」
机に向かって静かに本を読むフューシャだが、雨がふると情緒不安定になりやすかった。
✓つづく
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