スーツの下の化けの皮

み馬

文字の大きさ
上 下
68 / 93
スーツの下の化けの皮/二幕

第65話

しおりを挟む


「……あ、暑い。日本の夏は、どうしてこんなに暑いんだ……」

 8月下旬、姫季との旅行を無事に終え、会社づとめのサラリーマンにもどった幸田は、仕事量の多さと残暑の厳しさにめ息がでた。デスクにひろげた取引先の書類をファイルへまとめる三井は、「ですね~」と調子を合わせてくる。その瞬間、しまったと思った幸田に、女性職員が笑顔でジョッキを口へ運ぶジェスチャーをして見せた。

「節電の暑さを乗り切るためにも、ビアガーデンに行きましょうよ! ねぇ、幸田主任、冷たいビールを飲み干せば、元気がでることまちがいなしですよ!」

 時すでに遅しとばかり、幸田は小さくうなずいた。仕事疲れもあり、できれば寄り道せずに帰宅したい気分だが、部下の日頃の働きぶりをねぎらうことにした。

「わかった。では、今夜は皆で〈シャンパーニュ〉へ行くとしよう」

 女性職員は「はーい!」と手をあげて返事をすると、パソコンのデータ入力に集中した。隣り合って座る三井も、「がんばります!」といって、スピードアップする。幸田は苦笑にがわらいしつつ、報告書を仕上げた。職場の仲間といっしょに会社をでた幸田は、期間限定で建物の屋上を開放し、テーブル席をしつらえてある〈シャンパーニュ〉へと向かう。西陽にしびが沈んだあとも気温は高く、少し歩くとひたいに汗が浮かんだ。書類かばんのポケットからハンカチを取りだして汗を拭き、なんとなしに反対車線へ視線を泳がせた。

「……あれは」

 白い長袖のシャツを着た姫季が、うつ向き加減で歩いている。歩調を合わせる人影に見覚えがあるため、無意識に眉をひそめた。

「石津要?」

 大学の先輩につき、姫季と友人関係であれば、街で肩をならべて歩く姿を見かけてもふしぎではない。しかし、ふたりの間柄あいだがらを知る幸田の目には、気になるツーショットとして映った。また、石津は姫季のどこへも触れていなかったが、腰に手を添えているかのように見えた。それほど、彼らは躰の距離が近い。

「こんな時刻に、どこへ行く気だ?」

 立ちどまった幸田の耳に「置いていっちゃいますよ~」と、三井の気楽な声が聞こえた。


✰つづく

■用語⑤/ビアガーデン……屋外おくがい(建物の屋上など)にテーブル席をしつらえ、酒類を提供する形式で、夏期に限定して開設されることが多い。

✰ ✰ ✰ ✰ ✰ ✰ ✰
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

処理中です...