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スーツの下の化けの皮/二幕
第65話
しおりを挟む「……あ、暑い。日本の夏は、どうしてこんなに暑いんだ……」
8月下旬、姫季との旅行を無事に終え、会社づとめのサラリーマンにもどった幸田は、仕事量の多さと残暑の厳しさに溜め息がでた。デスクにひろげた取引先の書類をファイルへまとめる三井は、「ですね~」と調子を合わせてくる。その瞬間、しまったと思った幸田に、女性職員が笑顔でジョッキを口へ運ぶジェスチャーをして見せた。
「節電の暑さを乗り切るためにも、ビアガーデンに行きましょうよ! ねぇ、幸田主任、冷たいビールを飲み干せば、元気がでることまちがいなしですよ!」
時すでに遅しとばかり、幸田は小さく頷いた。仕事疲れもあり、できれば寄り道せずに帰宅したい気分だが、部下の日頃の働きぶりを労うことにした。
「わかった。では、今夜は皆で〈シャンパーニュ〉へ行くとしよう」
女性職員は「はーい!」と手をあげて返事をすると、パソコンのデータ入力に集中した。隣り合って座る三井も、「がんばります!」といって、スピードアップする。幸田は苦笑いしつつ、報告書を仕上げた。職場の仲間といっしょに会社をでた幸田は、期間限定で建物の屋上を開放し、テーブル席をしつらえてある〈シャンパーニュ〉へと向かう。西陽が沈んだあとも気温は高く、少し歩くと額に汗が浮かんだ。書類かばんのポケットからハンカチを取りだして汗を拭き、なんとなしに反対車線へ視線を泳がせた。
「……あれは」
白い長袖のシャツを着た姫季が、うつ向き加減で歩いている。歩調を合わせる人影に見覚えがあるため、無意識に眉をひそめた。
「石津要?」
大学の先輩につき、姫季と友人関係であれば、街で肩をならべて歩く姿を見かけてもふしぎではない。しかし、ふたりの間柄を知る幸田の目には、気になるツーショットとして映った。また、石津は姫季のどこへも触れていなかったが、腰に手を添えているかのように見えた。それほど、彼らは躰の距離が近い。
「こんな時刻に、どこへ行く気だ?」
立ちどまった幸田の耳に「置いていっちゃいますよ~」と、三井の気楽な声が聞こえた。
✰つづく
■用語⑤/ビアガーデン……屋外(建物の屋上など)にテーブル席をしつらえ、酒類を提供する形式で、夏期に限定して開設されることが多い。
✰ ✰ ✰ ✰ ✰ ✰ ✰
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