スーツの下の化けの皮

スーツの下の化けの皮

第33話

　トラブルが起きたのは、順調に実演販売が行われ、商品を手に取る客を見まもっていた時だった。小さな子どもが、テーブルクロスを引っ張り、高温のホットプレートが床へ落下した。

「キャーッ!!」という、母親の叫び声を真近で耳にした幸田は、無意識のうちに顔をしかめた。

「幸田主任っ!?」

　いっしょに現場へ出張していた三井が、血相を変えて走り寄ってくる。咄嗟とっさに素手で高熱の鉄板を掴つかんだ幸田は、火傷やけどの痛みに耐えながら親子の無事を確認した。

「どこも、お怪我はありませんでしたか？」
「わ、わたしたちは平気です。それより、あなたの手が大変なことに！」
「大したことないですよ。この程度、すぐに治ります。どうか、お子さんを叱しからないでやってください。こちらにも不備がございましたので、お詫び申しあげます」
　
　子どものイタズラで火傷を負った幸田だが、今にも取り乱しそうな母親に向かって頭をさげた。三井が、慌あわてて店長を呼んでくる。買い物カゴをもつ親子は、いったん店長室へ案内された。

「幸田主任、早く手当てしないと！」

　予想外の出来事に気が動転する三井は、先ほどから上司を肩書きの名で呼ぶ。幸田は床に散らばった機材を片付けるよう指示すると、休憩室の水道で手のひらを冷やした。

「……っ、マズイな。……あすは姫季くんと逢うというのに、このザマでは、よけいな気をつかわせてしまうかもしれん」

　右手の内側が焼けてしまい、かなり痛い。病院に行くべきか悩んだが、あとからやって来た店長は、冷凍庫の氷をビニール袋に詰めて差しだした。

「……ありがとうございます」
「だいじょうぶですか？　とんでもないことになりましたね。今すぐ、実演販売を中止しますので、幸田さんは病院で治療を受けてください」

　新店を任された若い店長は、スーパーのネーム入りエプロンの裾を、ぎりっと、強く握りしめた。幸田は小さく首を振り、「続行します」と断言する。

「ですが、危険なのでは……」

「配線や配置に問題はありません。あくまで、テーブルクロスが原因です。両面テープで固定するべきでした。……ひとまず、見た目の演出を取りやめにして、ホットプレートは今のものよりサイズダウンしましょう。いちどに焼く量を減らします。１時間以内に再開できるよう、すべてこちらが準備しますので、店長さんは通常業務へお戻りください」


✰つづく