スーツの下の化けの皮

スーツの下の化けの皮

第29話

　思わぬ来客により、幸田の外泊はキャンセルとなった姫季は、学友をリビングへ通すと、冷蔵庫の缶ビールをすすめた。

「サンキュー……」といって受け取る沢村は、声にも表情にも元気がない。あきらかに茫然ぼうぜんとしているため、姫季は心中を察した。

「彼女とケンカでもした？」　　

　ストレートに訊たずねたところ、沢村は、ますます表情を曇らせた。缶ビールのプルタブを開け、ゴクゴクと呑み干してから、話の本筋にはいる。

「……ケンカじゃなくて、ほかの男といるのを見ちまったんだ」
「どこで？」
「ホテル」
「……ラブホ？」
「いや、ビジネスホテル」
「駅の裏にあるやつか」
「そう。きのうの夜、10時過ぎくらい……。相手は巴ともえの肩に腕をまわしてたし、今回が初めてじゃない雰囲気だった……」

　沢村は、健康維持や体力向上などを目的として、週に３回ほど夜に町内をジョギングしていた。また、大学とは目と鼻の先に自宅があるため、自転車を使わず、徒歩で通学している。体を動かすことが得意で、活発な性格につき、きょうのように落ち込んでいるのは、珍しいほうである。

　ちなみに、姫季が（あえて）大学から離れた場所に建つマンションへ入居した理由は、身近な人間に私生活を探さぐられないためだったが、ジョギング中の沢村と出喰わし、ひとり暮らしの件がバレてしまった。姫季が所在地を教えた人物は、幸田が最初で最後である。一時いっときだけ親密な関係を築いた石津にも、マンションの部屋の番号などは知らせていなかった。

　姫季が石津と初めてセックスした場所は、市外にあるラブホテル〈ムーンズ〉である。洗練されたオフィスのような外観が特徴で、従業員と対面せずに精算できるよう、客室に自動精算機が設置されており、グッズレンタルや飲食の提供、無料のサービスも多く、なにより、同性での利用が容認されていた。風俗営業における法上の位置づけのひとつに、“専ら異性を同伴する宿泊（休憩を含む）用に供する施設”とあり、政令で定める利用客は、同性愛者を対象と見做みなしていない。むろん、18歳未満の入店は禁止である。

「……ビジネスホテルから出てきたとしても、浮気とは限らないだろ」

　姫季がそう口をつくと、沢村は怒気をあらわにした。

「ラブホじゃなければ、おれに内緒で男と会ってもいいのかよ？　こっちは裏切られた気分だぜ！」


✰つづく